東京想街道
Page.49「東京幻想街道」




  Prologue

いつまでも醒めぬ夢の中

我は永遠の命を得たり


時の流れは我の――……また汝の手で

いくらでも捩じ曲げられる事を

知っている者は存在するのだろうか?


   1

「なかなかあれだなお前も。せっかく最近平和だったのにな」
紅葉通駅近く、カクテルバー『Stardust』にて。彼の目の前に立つ店主が呑気な調子で言う。日付と時間と場所の要因が重なってか、店内に客は彼1人しか居ない。
「ホントだよ、ったく……マジ腹立つ」
「おい、ヤケ酒か?でも――……腹立てたところで、原因は判らないだろ?」
「……そうなんだよね」
彼――冬雪は最後にそう呟き、目の前に置いてある乳白色の酒が入ったグラスを手に取った。グラスの縁に、弓矢の形をした銀色の細工が飾ってある。店主・胡桃のオリジナルカクテル12星座シリーズ第9弾、射手座『sagittarius』である。注文されなくても客に合わせた酒を出せる事に憧れているらしく、まずはと星座に手を掛けたのだ。誕生日さえ聞けば作れるという訳であるが、まだ未完成なので冬雪はよく実験台にされている。今は水瓶座辺りを研究中らしいが、今日は一番のお気に入りを頼んでおいた。尤も、射手座は自分の星座なのだが。
 自分の作業を終わらせたらしい胡桃は、いきなりカウンターから身を乗り出してきた。
「――俺さ、噂聞いたんだよ。えーっと……そう、霧島から」
「え……詩杏、ここ知ってんの?」
「ったりめェだろ、俺が教えたんだ。知り合いから客増やしてかなくてどうする」
確かに。自分の店を開いたら、まず知らせるのは自分の知り合いだろう。冬雪は「スイマセン」と呟きながら頷いた。
「それで、噂って?」
冬雪がグラスに口を付けながら尋ねると、胡桃はニヤリと笑って答えた。
「先生がどっかの中学の校長に抜擢された、ってな。霧島の話じゃ、大学院内でもっぱらの噂だと……CECSで教師ってだけでも結構疎ましく思われてんのに、校長かよって事なんだろ」
「…………校長、って……そんな軽々しく出来るモンじゃない気がするけど?」
それ以前に、何故そのような話が出てきたのかも判らない。受けた理由も判らない。彼らの中での『先生』――つまり諒也がそのような役職に相応しくないと言ったら失礼だが、どこぞのドラマの主人公のように、現場の教師で居たいのだろうと思っていた。
 尤も胡桃が話しているのは飽くまで噂であって、真実かどうかはまだ判らないが。
「中学の名前は聞かなかったんだ?」
「さぁ、そこまでは広まってないんじゃないかな。CE法との絡みでロースクールは耳ざとく聞きつけたって事じゃねェのかな」
「耳ざとく……ね。どっから情報得てんだろう」
「さぁ、そこまでは俺には判んねェよ。で、どーなのよそこら辺……似合うと思うか?あの人に」
「似合う似合わない以前だと思う……」
似合わないと思うのも確かだが。飽くまで感覚での判断ではあるが――……彼が実家で暮らしているのであれば、生活資金に困る事だってまず無いだろうに。
 胡桃も似たような事を考えていたようだった。
「そういう話を喜んで受ける人には思えないんだよ、俺には。そこが奇妙しい。だとすれば」
「無理矢理受けさせられたか……」
「……まぁ、それは深読みしすぎかなって気もするんだけどな。大事な恩師が校長センセイに抜擢されたんなら、普通喜んで悪くはないんだけどさ」
胡桃は苦笑しながらそう言った。
 確かに純粋にそんな話を聞けば、冬雪だって喜ぶだろう。だが――事情が事情だ。またきっと報道関係で忙しくなるのだろう――……そう考えると、気が滅入ってくるのだ。
「凄い人だとは思うんだけど……普通あんなに、上手い事学校転々と出来ないと思うよ」
「! あぁ、それは俺も思ってた――――……あれ、いらっしゃいませ」
客が入ってきたのか。だがそれにしては随分と口調がいい加減だ。冬雪が振り返ると――そこには、見覚えのある顔があった。
 流れるような淡い金色の髪と碧色の瞳、うらやましいほどの高身長。少し彫が深く、西欧の血を感じさせる顔立ち。
――阿久津秀。今は確か、警察関係の職に就いていたはずである。詳しい事は知らないが、よくまあ正反対の職に就いたものだと尊敬したくなる。
「阿久津!」
冬雪が思わず叫ぶと、彼は少しだけ笑ったような表情を見せて、答えた。
「久し振りだな、秋野」
「う……うん、久し振り」
何故か彼には強く出られないきらいがある。
 秀はカウンターの席から、冬雪の右隣の椅子を選んで座った。そして何故か天秤座『libra』を頼んだ。
「阿久津、天秤だったっけ?」
「いや、魚座……まだ出来てないだろ?」
「あぁ、生憎……ってか最後だろ魚座。今は水瓶進行中なの」
胡桃は冗談交じりにそう言って、カクテルの準備を始めた。
 しかし、魚座と言うと冬雪よりも後に生まれているのか。何となく意外だった。
「何の話をしていたんだ?学校がどうのって……また行きたいのか?」
行きたくない。そんな事をしたら身体が持たない。
冬雪は首をブンブン横に振って、正直に答えた。
「先生の事でさ。色々と」
「あぁ、彼がどうかしたのか?」
「何処かの中学の校長に抜擢されたとか。知ってる?」
「……校長、か。東京に呼び戻されてたのは知っていたけどな」
警察に関わりのある彼でさえ、詳しい話は知らなかったようだ。
「飽くまで噂らしいけど。呼び戻されて、か……やっぱり『遊びに』じゃないんだね」
冬雪がそう呟いたのを、胡桃がしっかり聞いていた。シェイカーの中身をコップに注ぎながら、静かな口調で話す。
「最初からそんな雰囲気には見えなかったぜ。辛そう、って言うかさ。良いように振り回されて、いい加減うんざりしてるんじゃねェのかな。――はい」
胡桃が秀の前にグラスを出した。
「どうも。――彼は意外に面倒臭がりだからな」
それは周知の事実だ。決して意外ではない。仕事は真面目だが、飽くまでやらなければいけない事をこなしているだけだ。面倒な事は省きたがる。そういう性格だった。
「……胡桃、ひとつ訊いていいかな?」
「何?」
「そもそも、先生はどうして東京を追われたの?」
さり気なく訊いて、答えてもらうつもりだった。あの時は誤魔化されて、結局正確な答えは聞けなかったからだ。
 胡桃は口を開いてから一瞬止めて、迷うような表情を見せた。それからひとつため息を吐いて、静かな口調で話し始めた。
「――都の人間が、どうも先生の事を疎ましく思ってたらしい。その周りでやたらと事件が多いから。冬雪と……何だっけ、玲央?に関しては、未来ある子供に等しい存在って事で、そういう制限はしたくなかったんだと。それで先生だけを追い出した」
「どうしてオレが帰ってきたら出てく事になったの?」
「顔合わせたかっただけだろ。元々、この件に関してお前に原因はねェんだよ」
素っ気無かったが、鮮やかな答えだった。想像していた事とそれほど変わりは無いが。
「それじゃ、どうして今回の話が出てきたんだろう」
「それが俺にも……いや、誰にも判んねェんだよな。誰が言い出したのかも判らないし、第一何処の中学なのかすらよく判らない」
「緑谷中やってよ。本人に訊いたわけと違うけど」
「み……って、霧島!お前いつ入ってきたッ」
胡桃が叫ぶ。ある意味不謹慎だ。叫ばれた対象――霧島詩杏はニッコリと微笑んでこちらへやって来ると、空いていた冬雪の左隣の席に座った。若干茶色みがかった長い髪を、黒のバレッタで留めてまとめている。今は近所の学園に付属の法科大学院に通っていたはずである。多分、もうそろそろ卒業の時期だろう。
「ドアにベルでも付けたら?あるいは、コンビニみたいにピンポンって鳴らしてみる?カッコ悪いでぇ」
「……そういう意味じゃなくて、気配無かっただろ」
「そんなん、くるちゃんが気付かへんかっただけ」
未だに胡桃は彼女から『くるちゃん』呼ばわりされている。尤もそれは冬雪も同様なので何とも言えないのだが。胡桃はため息を吐くと、詩杏に「ご注文は」と尋ねた。
「virgo。当たり前やん、あたしは麗しき乙女やの」
詩杏は冗談のように言って、人差し指を胡桃の目の前に突きつけた。
「はいはい――」
「ハイは1回」
会話はそこで、終わった。
「……緑中か」
「この期に及んで何考えてるんだかな」
冬雪と秀がそれぞれに呟くと、詩杏がそれを一刀両断した。
「この期に及んでって言うてもね、先生を誘った人たちはあたしたちが居た頃の人たちとは全然違うの。もう知ってる先生なんて居てへんねんで」
「詩杏、行ったのか?」
「……ちょっとだけ用事があってん」
かなり声は小さかった。どうやら実際に行ったらしい。
「それで?」
「あ、そうそう、吃驚してんけどね。ダイスケの妹さんが今居てるの、社会科って言うてたけど」
「妹?」
兄弟が居たと言うのは初耳だ。
だが――……恐らく、血は繋がっていないのだろう。

会話がまた、続かなくなった。
冬雪はグラスの中身を飲み干して、すぐに立ち上がった。
「あれ、もう帰んのか?」
「……トイレだよ」
言い訳でしかなかった。
ただその場から逃げ出したかっただけなのだ。ため息が零れた。

   *

 それからは特に話をする事もせず、代金を払ってすぐ冬雪は店から出た。時刻は既に遅いが、駅周辺はいくつもの店の明かりに照らされてまだ明るく、にぎやかだ。街灯もほとんど意味を為さない。冬雪は鞄を背負い直し、紅葉通駅南口の階段を駆け上り、改札を通ってホームに下りた。
 下り電車は5分待ってようやくやって来た。帰宅ラッシュも過ぎた夜9時台ともなると、電車の本数自体も減り始める頃である。当然、席もガラガラだった。冬雪はドアに一番近い、ロングシートの一番端の席に座ると、鞄を膝の上に置いてそれを抱きかかえながら目を閉じた。音楽が流れて、ドアが閉まる。
 電車が、動き始めた時だった。

「ふゆちゃん?」
聞き覚えのある声が耳に届いた。呼ばれている。冬雪が目を開けて声のした方を見ると、そこにはやはり見覚えのある人間が立っていた。
 首の後ろで束ねたブラウンの髪は緩やかに波打っていて、微かに碧色を感じさせる大きな瞳が特徴的。肌も綺麗で背も高くスタイルも良いので一見して年齢は不詳だが、外見に反して50を軽く越えている。
「久し振りー、元気だった?あ、でも眠そうね」

――夏岡雪子、冬雪の伯母に当たる。夢見月の人間だが、横浜の屋敷ではなく練馬に住んでいて、駅近くに自分の美容室を構えている。夫の職業は知らないが、恐らくは共働きなのだろう。そうでなかったらヒモだ。

「……ホントだよ……ちょっと酒入ってるし。そっちはいつでも元気そうだな」
「当ったり前じゃない、このあたしが元気無くすような出来事は今のところ起こってないわよ」
テンションも高い。この時刻になって、ガラガラの下り電車の中でこんなにハイな人間も少ない。
「はいはい。こんな時間にこれから何処行くの?」
「ん。お父様に、ちょっと手料理をと思ってね。あーでも少し遅かったかな」
夢見月雪架。冬雪の祖父に当たり、今年の12月で確か84歳になる。
雪子は冬雪の隣に座った。
「……もう9時半だぜ?祖父さん待ちくたびれて自分で作って食ってんじゃないの」
「それは無いわよ、あの人にキッチン任せたら何が起こるか判らないから。だからこそ料理作る人が居るんだから、あの家。あたしが居ないから」
「まぁ確かに……雪子と母さんぐらいだよね、料理作れんの」
「そうよー、後はみんなコック任せだもの、あの屋敷!梨子ちゃんは自分の趣味で作ったりするみたいだけど、桃香姉様は多分電子レンジぐらいしか使えないでしょうね」
自分の姉に対して優越感を抱きたいらしい。その姿が何となく笑えた。
電車が青梅町駅に停まる。そこで乗って来た客は学生風の男2人だけだった。恐らく大学生だ。再び電車が動き出し、雪子が再び会話を再開する。
「――……ホントなら電車でするような話じゃないんだけど」
「何?」
「4月の初め辺り、もしかしたら屋敷の方呼ばれるかも知れないから……覚えといて」
「は?何でオレが呼ばれんだよ、そんな訳無いだろ」
その名を持たない人間は、屋敷には入れない。
冬雪は既に――……その名は持っていないと言うのに。
だが、雪子は平然と答えた。
「あの姉様が、そんなしきたりにこだわる人だと思う?」
「…………」
思わない。思えなかった。
「まぁとにかく、覚えといてね。――そろそろ着くかな」
彼女がそう呟いたのとほぼ同時に、まもなく緑谷駅に到着するというアナウンスが流れた。それからすぐ、電車はホームに滑り込んだ。
「それじゃね、また」
「うん」
互いに手を振って、冬雪は電車から降りた。それから階段を下りて改札を抜け南口へ出て、街灯の灯りも弱々しい暗い道をひとり、進んだ。
 寂しいような、しかして妙に穏やかな気分だった。

――家に着いてすぐ、彼は風呂にも入らずベッドに転がった。


   2

 突き抜けるような、青い空が見えた。
 視線を下ろせばそこは、何処までも続く花畑だった。赤、青、黄、そして緑――……本当に何処までも、続いているように思えた。

(違う――……それは無い)

 彼は一歩を踏み出した。いくつかの花を踏みつけてしまう事は少々気が引けたが、進まない事には始まらないのだ。目指すは視界の先に見える、天にも届くのではないかと思しい大木である。

 どれだけ歩いたかは判らない――……夢中で歩いた彼の目の前に、花畑は消えていた。正確には、ただの草原へと変化したと言うべきだろうか。そこには花は咲いていない。振り返れば一面の花畑なのに――だ。そして目の前には、目指していた大木がそびえ立っていた。
 そしてその先に、小さなログハウスのような建物が、見えた。

(……何これ)

 以前にも来た事があるような気はするのだが――……少なくともこんな建物は初めて見る。彼は何となく、その入り口の扉を――……開けた。

 キィ、と音を立てて木の扉は自然と開いた。

中には誰か、居るだろうか。

「――……あの」

彼が声を掛けると、奥から誰かが歩いてくるのが判った。足音が次第に近付き、そしてその主は――……彼の目の前に、現れる。



「――……何だ、ふゆ坊。久し振りだな」



呑気な口調。背は冬雪よりは高いが、一般的に見ればそれほど高くない――……金色の髪、薄い蒼のTシャツ。あの時していたものと同じ、銀のピアス。


――久海葵。もう随分――……9年前に亡くなった、はずである。

尤も、この世界が現実であるはずがないのも確かだったが。

 葵らしき人物はニヤリと笑い、再び言葉を発する。
「――ま、入れよ。ここじゃ無駄な勘繰りは不要だぜ。俺は俺、お前はお前。いつまでも変わらない」
そう言って中へと戻っていく。意味が判るようで、よく判らない。冬雪は慌てて、彼の後を追った。
 中は普通のログハウス。入ってすぐのスペースはリビングのように机があって、椅子がある。勧められたので、座った。
「どうして……葵が」
「お前が望んだんだろ。俺は知らん」
「オレが望んだ?」
「そう。この俺に何か、相談したい事でもあるんじゃねェの。言ってみ?出来る事なら答えるぜ」
待て、今のこの状況がよく判らない。

――これは――……夢、か?

考えられるのはそれぐらいなのだが。だったらどうして、夢の中の産物に相談しなければならないのだろう。これが冬雪の夢なのだとしたら、今目の前にいるこの人物は冬雪が創り出したものに過ぎず――……相談などしても無意味であるはずだ。
「無駄な勘繰りは不要って言っただろ。教えてやろっか。――これはな、お前の夢でもあって――……異世界でもある。俺はその世界の住人だ。普通の人間がここへ来ようと思ったら、夢を見ている最中に意識をここに飛ばすしかない。だがその技術はそう簡単に身に付けられるモノじゃない――……やろうと思って出来るんなら苦労しないな。お前みたいに時々、突然意識が飛んだりする事がある。あんまり長居すると戻れなくなるからな――……そういう場合は、俺はすぐに身体に戻してやる」
「……何だよそれ……何いきなり異世界の住人になってんだよ。死んだんじゃないのか?」
「死んだからここに居る。ここに居る事を……願った、のかな。普通の人間が死んだらどうなるかは、俺には判らない」
「葵、じゃあどうして死んだんだよ?」
尋ねると、葵は――……きょとんとした顔になった。
「どうしてって……俺はここに居るぜ?」
「死んだだろ、何言ってんだよ」
「あぁ、そっちの世界ではな。それはいいんだ。ただどうしてって言われても俺……殺されたんだからどうしても何も」
「は?」
馬鹿な。葵は自殺のはず――……遺書だって残っていたではないか。
「何だよ、その顔。マヌケだな、ふゆ。変わっちゃ居ねェな」
そう言いながら、葵は何故か爆笑し始めた。こちらこそ変わっていない。
「殺された、って……自殺じゃなかったのか!?」
「はー?何馬鹿な事言ってんだお前、この俺が自殺なんてする訳あるかッ!!面白い事言いやがるなふゆ、どっからそんな結論が出た」
「……だって、遺書だって残って」
「あー、そんなモノも書いたっけな。でも俺、思い直したんだぜ?――先輩と話してな」
葵は嬉しそうな顔をして、話した。それが嘘だとは――とても、思えなかった。
 飛び降りる直前、葵は諒也と話していたと聞いている。その時に思い直した――……それからすぐに殺されたと言うのなら、遺書が残っていても奇妙しくは無いのだろうが――……何故。
「じゃあ葵……誰に、殺されたんだよ?それが一番知りたい」
「知りたいか?」
「当たり前だろ!それ知りたいから世の中に推理小説だのサスペンスだのあるんじゃねーかッ」
犯人探し、だ。
被害者・葵は不敵な笑みを浮かべながら、答えた。
「――親父とお袋……それから先輩の両親も殺した、犯人だ」
「え」
「残念ながら俺、顔見てねェんだ……フェイスマスクなんてしててな。今時珍しい、ヘリウムみたいの吸って声も変えてたみたいだし。銀行強盗みたいなナリで入ってきやがって、窓から俺を、こう――……な。俺はせめて誰かに気付いて欲しくてつい叫んだんだけど……見てなかったんだな。――そいつが言うんだ、『私はお前の両親を殺した。次に死ぬのはお前だ』みたいな事をな」
ならば、次は。
冬雪が葵の方を見ると、彼は静かに頷いた。
「今度は先輩が危うい。まぁあの人の事だから、俺とは違ってそう簡単に弱味は見せないと思うけど」
「……そいつの目的は何?」
「一族抹殺、辺りかな?それぐらいしか考えらんねェよ。お前も気付けとけよ。たとえ病院だからって安心すんな」
言葉が身に沁みる。
「葵、こっちの事何処まで知ってんの?」
「大体全部。――白亜叔父の自殺だって、何か仕組んでるヤツが居そうだしな」
「……!!」
「当然だろ。死ぬ意味が判んねェもん」
それは確かに、冬雪もそう思った。
 葵は髪をかきあげてから、今までで一番低い声で、言葉を発した。

「――……そいつを捕まえろ。親父たちの事はもう、罪には問えないだろ……被害者は俺だけじゃないはずだ。俺の事件だってまだ間に合う……お前、警察の手伝いしてるんだろ?出来ないはずねェな」

死んだ時から変わらない顔貌。年齢だけで考えたら、今の冬雪と同じぐらい、か。
冬雪は小さく、頷いた。

「いいかふゆ、これは夢だ。夢の中での啓示ってのはよくある事だろ。そこから先は、お前の仕事だ。俺は、相談に乗る事しか出来ない」
「……判ってる」
「今度のCECS……話通じそうな奴で良かったじゃねェか。俺の『後輩』か。でもそいつもCECSである限り……危険な状況下に居る事は変わりない。そいつのターゲットには充分なり得るからな」
「そうだね……」
「――俺に相談事があったら、寝る前にひたすら祈れ。もしかしたらここに飛べるかも知んねェからな。――そろそろ帰った方がいい、あんまり居るとマジで帰れなくなるぜ」
冬雪は静かに頷いて――立ち上がる。
 それから木の床を踏みしめながら歩いて――……そのログハウスから、外に出た。

「俺はここに居る。ここに居て、お前らの事をずっと見てる。不安になるなよ」
「……ならないよ。仲間はいっぱい居るんだから」
「なら、いい。――じゃな、また会えますよーに」
「うん……またね」
手を振り合って、冬雪は草原の中を進んだ。
大木のところまで戻って――……振り返る。

――葵はまだ、建物の前に立っていた。

冬雪はもう一度手を振り返して、花畑の中へと戻っていった。



 気付くと――……もう、朝だった。

   *

「夢の中で、お兄様に……?」
「そ。妙にリアルで少し怖いくらいだったよ」
その話を梨羽にしても、彼女は少し寂しそうな顔を見せるだけだった。
「……自殺ではなくて、事件だと」
「まだそれは判らない。第一、事件からもう9年も経ってるから証拠が……無いかも知れない」
「それでも……冬雪は調べますか?これを解決したら、もしかしたら――……両親を殺した犯人が、判るかも知れないんですね?」
諒也の両親もだ。何の恨みがあるのかはよく判らないが――。
「そーだな、まぁ……捕まえることは出来ないけどね」
「それは仕方ありませんけど――……でも、犯人が誰か、判るだけでも……全然違うと思います。私だけじゃなくて、多分――……先生も」
「……そうだろうね」
親を殺した犯人、か。冬雪の場合、母は病死で父は――……そうだ、白亜の自殺に関しても言っていたか。

『何か仕組んでる奴が居そうだしな』

そう考えればこちらにしてみても『親を殺した犯人』だ。全員が全員、同じ人物――かどうかはまだ判らないが――を同じ対象として捉えている。それも仕組まれているのか、ただの偶然か――……そこまでは冬雪には、判らない。これから調べてみない事には埒が明かないのだ。
 冬雪は紅茶を飲みながらひとつ、ため息を吐いた。



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