形と探偵の何か
Page.35「Names」




      1

「……兄貴、って?」
「そのまんまの意味だ。ちゃんと話聞いてたのか?お前」
冬雪はきちんと、流人の話を聞いていた。
もしかしたら、自分に兄か姉が居るのかも知れないという話。

――それが葵だと?

ふざけるにも度が過ぎている。第一有り得ない話だ、葵はちゃんと久海葵彦の息子であって、久海家の養子ではなかった。それは――確かだ。
「ま、詳しい話は今から家に帰って説明すらぁな。俺は全部知ってたぞ。ま……だからこそ、夕紀夜氏は俺をお前の後見人にしたんだしな」
「……え?」
「だから、帰ってから説明するって。ルーさん、サンキューな。話してくれて」
「あぁ、お安い御用だよ。それじゃあ元気でね、秋野君」
「……別に居なくなるわけじゃないんだから……」

――バタン。

会話がきちんと終わる前に、店の扉は閉まってしまった。
 そこから家に帰り着くまで、葵と何を話していたのか、全く覚えていない。

――多分、風景の話でもしていたのだろうと思う。

   *

「……で。説明をお願いしますよ、葵」
「私からもお願いします。私も……知らなかったんですから」
梨羽が葵に訴えかけている。
「おぅよ。だから家で説明するっつったんだ」
なるほど――2人に対する説明が必要だった訳だ。
 葵はコホンとわざとらしく咳払いをして、話を始めた。
「俺が生まれたのは1982年、それに間違いはない。母親は秋野夕紀夜氏、当時16歳だな」
「…………そんな」
梨羽が声を漏らした。
「まぁ聞け。父親は久海葵彦だ。2人は結婚していない。だから、父親が引き取った。養子関係にはない。本来婚外子のはずだが、誰かが誤魔化して嫡子ンなってた」
「あ……」
だから養子ではなかったのか――……とは言っても、久海氏の浮気である事に相違はない。決して頷ける事ではなかったのではないか。
「その後、佐伯ママと新海パパの間に生まれたのは梨羽1人だ。それは当たり前のことだから良いんだけどな。
 俺がこのことを知ったのは、佐伯ママに……自分がお腹に居た時はどうだったか、みたいな事を訊いた時だな。佐伯ママのヤツ、素直に答えやがってな。こっちゃワケ判んねェっつーのによぉ……呑気な性格だったわ」
(……『佐伯葵』は母親への遠慮か……)
冬雪は自分なりにそう考えていた。
「お母様のことは良いですから、お兄様のことを教えてください」
梨羽がきっぱりと言った。さすがにはっきりとした性格なだけはある。葵も怯んだのか、話をすぐ本題に戻した。
「――だから、俺がお前の……ふゆが生まれた事知った時は、ちゃんと喜んどいたぜ。『弟』が生まれたってな。
 それを言葉に出す訳には行かなくて、自分の中でずっと――考えてた。自分はここに居ていいのか、どこか別の場所に行くべきなのか。少なくとも俺は、秋野ママには会ったこともなかったし、正直どんな人間なのかも知らなかった。テレビで見るくらいじゃよく判んねェしよ。ホントにこの人が俺の母親なのかって、どうして佐伯ママじゃねェのかなって……まぁいろいろ考えはしてたけど、結局お袋はお袋だぁな」
葵はケラケラと笑った。葵は全てを知っていたのだ。知っていたからこそ、悩んでいた。
 知らないから悩む事もあるが、知っているからこそ、悩む事だってある。

 ほとんどの事を知らなかった鈴夜は知りたがり、そして悩んだ。
 ほとんどの事を知っていた葵は忘れたがり、そして悩んだ。

――一番幸せだったのは、中途半端な冬雪だったのだろうか?

そう思うと、ここにいるのがつらくなった。
「……髪もちゃんと茶色だぜ。どっちかっつーと赤茶って感じだけどな……目は見ての通りダークブルーだろ。梨羽は染めてんだろ?」
「…………えぇ。目は茶色です」
「だろ。ま、そんなもんよ。でも良いだろ?ふゆ坊。どこの誰だか知らねェような人間に、いきなり『僕がお兄さんだよ』とか言われるより」
にっこりと微笑み、葵はそう告げた。答えを、求められている。
「――……うん。ありがとう」
「礼を言われる立場じゃねェや、俺はさ」
「でも、流人に頼んでくれたんだろ?オレがいきなりで混乱しないように」
「…………それはちょっとした、作家のサガで」
読者がいきなりで混乱しないようにか。

――……回りくどい、面倒な作業だ。

それを好む者も居るかも知れない。
それを嫌う者も居るかも知れない。

世の中全て、人それぞれだ。
全ての人間、全ての動物――……世界中の全ての物に、好みがある。

「でも、素直に受け入れられたよ」
「そりゃー良かった。感謝はルーさんにしなきゃだな」
葵はカラカラと明るい声で笑った。左耳に付けていたクロス型のピアス――岩杉から貰ったというアレだ――を外し、冬雪の手の中に落とした。
「?」
「やるよ。ま……貰いモンってのはなんだけど」
「…………気に入ってたんじゃないのか?」
「遠慮すんなって。やるって言ってんだろ?」
「……ありがと。穴空けなきゃ無理だけどね」
「やってやるぜ?」
「また今度でいいよ。じゃーね葵、話してくれてありがとーな」
葵は静かに手を振っていた。冬雪はリビングから出て、3階の自室に戻った。


――何となく、今はこの世に居ない者達の顔が頭の中に思い浮かんだ。

(やっぱり鈴夜にとって、オレは『他人』か)

ある時期を境目に、鈴夜は冬雪のことを呼び捨てにするようになった。では、冬雪が葵を『葵』と呼ぶようになったのはいつだっただろう?

(初対面では『お兄さん』だから……名前聞いてからは『葵君』?)

それから『葵ちゃん』に発展した気がする。今から考えると恐ろしい話だ。葵をちゃん付けで呼ぶなど考えられない。……梨羽を呼ぶのなら年齢的に理解できるが。

(…………母さんはいったい、何をしていたんだろう?)
闇の中にうごめく、彼女の影が脳裏に浮かぶ。『影の夢見月』たちを操って、彼女は何をしていたのだろう。
 結城大亮は彼女に利用されて、何を実行していたと言うのだろう。彼に限って、裏で何人も殺していたなどという話は――……信じたくはない。しかし冬雪の彼との付き合いは、岩杉より遥かに浅い。単なる数学教師としての見方しかしていなかった相手なのだ。そんな相手の裏を読むなど、難しすぎる。

 冬雪は部屋で、夕食の呼び声が掛かるのを待った。

   2

「そうか……葵さんがな」
岩杉諒也は今朝の新聞に目を通しながら、秋野冬雪の言葉に耳を傾けた。
「後1ヶ月しかないんだ、協力してくれる?緑谷に居られる間に調べておかないと、もう――調べようが無くなるから」
「俺の今後はまだ白紙なんだがな。そっちがうらやましい限りだよ」
「…………ゴメン。でもきっと、先生だったらみんな受け入れてくれるよ、いい人だもん」
「…………面と向かって言われるのは恥ずかしいな」
「へへ。さってと、コーヒー貰ってくっかなっ」
冬雪が席から立ち上がった、その時だった。

――パコンッ。

冬雪の脳天に何かが直撃するのを、岩杉は目の当たりにした。
「!?」
「ってー!!何しやがんだよ、胡桃っ!!」
冬雪が叫ぶのと同時に、影から金髪の少年が姿を現した。怒りの形相である。手にはコンビニのビニール袋、どうやら買い物に出ていたところらしかった。
「何ってお前ら、朝っぱらから何人ンちに入り浸ってやがんだ!しかも俺の知らん内に」
「鍵掛けとかない胡桃が悪いんだよー……泥棒入られても知らないよ?もう痛いなー、酷いよ買い物袋投げつけるなんて」
 尤も、一番悪いのは勝手に上がってきた2人であるが。
「……2人とも住居不法侵入で訴えるぞ」
「…………よく言えるねェ」
「……………………人権脅かしといてその態度かお前」
胡桃が冬雪の胸倉を掴んで持ち上げる。

――これでよく10年も友達を続けられたものだ。

岩杉はのんびりと朝刊に目を移した。
(おっ、ついに月面基地が……)
 その間にも、2人の会話が耳に入る。
「やだなぁ胡桃、ちょっとした愛情表現だよ」
「……愛情だぁ?」
「冗談だっつの。さてと胡桃君、コーヒー淹れてくんない?」
「…………誰が淹れてやるかお前なんかに!」
岩杉は2人に呆れため息をついて、手を叩いた。
「!」
ケンカを続けていた2人がこちらに目を向ける。
「勝手に上がったのは悪かった。だからってケンカするな」
2人は顔を見合わせて、同時にため息をついてから揃って席についた。気が合っているのやら合っていないのやら、よく判らない2人組である。
「でもね胡桃、今日は詩杏も呼んであるんだよ?折角この男ばっかの空間に花が咲くって言うのにさー、ケンカばっかじゃつまんないよ」
「……諸悪の根源がお前だってコト、判ってんのか?」
「判ってる判ってる。胡桃が明らかに学校行ってないこともね」
「!?」
胡桃の表情が変わった。どうやら何か、重大なことを言われたらしい。岩杉は何となく声を掛けてみる。
「行ってないのか?」
 何故か、胡桃は答えなかった。
 行っているか行っていないか、別に大した質問ではないはずなのだが――彼にとってそこまで重大なことなのだろうか。
「胡桃、何かあったんだろ?」
冬雪も奇妙しく思ったのか、先程までとは違う声のトーンで話し掛けている。
 うつむいた胡桃は、静かに答えを紡ぎ出した。
「――……行ってない……辞めた」
「! 辞めたのか?……胡桃」
「藍田?」
「俺は何もしてないだろ?何も……冬雪だって先生だって、ちょっと俺と仲良いってだけじゃねェか……殺人に手ェ貸したとか、根も葉もない噂信じやがってよ……どうかしてる」
 胡桃は狂ったように話し切った。

――それはこちらにとっても重大なコトだったのかも知れない。

全く関係のない赤の他人が、こちらに関わったというだけで1つの選択肢を消されたというのか?それは――……耐え難い真実。
 それだけの噂が退学理由になるのかは判らない。寧ろ本来なら――……なってはならないはずだ。飽くまでそれは噂に過ぎず、しかもこちら側からは何の証言もしていない。ならば一方的な押し付けになってしまう。
 冬雪が深刻な顔つきで胡桃に尋ねる。
「胡桃、それは――……オレの所為?」
「何言ってんだよ、お前には関係ねェって……全部あいつらが悪いんだからな」
「だったら相談してくれりゃ良かったのに、何で全部1人で抱え込んでたんだよ?オレじゃ力になれなくてもさ、先生だったらもっと――……いい方法見つけてくれたかも知れないのに、」
「出来るわけねェだろ?そっちにとったら……大変なことなのに」
胡桃はうつむいて、それ以上何も話さなかった。
 静かに、冬雪が言った。
「――……オレは何も出来ないのかな?」
岩杉には答えられなかった。今この状況でその学校に押し掛けたとしても、取り合ってもらえるはずがない。何より、過剰に恐れられて重大事件になりかねない。
(……いつから俺はこんなに有名人になっちまったんだ?)
 こんな事件になる前は、ただの一般市民だったはずなのに。
 それは冬雪と岩杉がCEの完成形――CECSであると宣言されたあの日からだろう。その宣言は確かに、屈折した見解による宣言だった。
 2人が野放しにされていては、世間が脅かされるかのような言い方、それはまるでこちらのことを全く知らない人間が、勝手な判断による結論を導き出した結果のようだった。
 そもそもいったいその宣言は誰から出されたのだったか?夢見月家の人間ではなかったことを覚えている。もしかするとこれは――夢見月家からの情報がどこかで改竄され、その情報が全国に流されたのではないだろうか。
 尤も、夢見月家が発表したとしても、それが正しい情報であるかどうかは定かではない。

――岩杉はこの社会が恐ろしくなった。

 自分が何をしたと言うのだろう?確かに秋野冬雪はStillのボスを殺害した――しかしあの事件は正当防衛で片付けられたはずだ。何もしていないはずの2人を、何故世間は悪者扱いするのだろう。尤も冬雪だって、Stillのボスをそのままにしていれば、殺し屋稼業は続けられていたのだから――寧ろ日本を助けたはずなのでないだろうか。
 ではどうして彼は、悪者にならなければならないのだろうか?全て――……彼が悪人であるという情報が流れた所為なのだろうか。

 だとしたら――……何と非道な世の中なのだろう。

 彼がStillのボスを殺害する。世間はそれを悲痛な殺人事件として捕える。彼がCECSである事が判明すると、同じくCECSと言われた岩杉も共に悪人として扱われる。そして2人と関わった胡桃は、その所為で学校に通う権利さえ失った。
 本当に正しいのは、いったい何処なんだろう?

――その場にいる3人は、それぞれに思いを巡らせ、そして黙った。

   *

 霧島詩杏はStill元幹部の妹である。彼女は久々に胡桃に会えると聞いて喜んで部屋に入ってきた。
「……久し振り、だな」
胡桃が顔を出すと、彼女は一瞬驚いたような表情を見せた。が、すぐに笑顔になって返事をする。
「うん、元気そうで良かったわ」
岩杉は2人のやり取りを眺めていた。子供同士の会話を聞く意味はあっても、参加する意義はない。この場に於いて岩杉は、元担任であるという以外に彼らと接点はない。
「でも金髪なんて似合わへんよ」
「……別にいいだろ。んなモン俺の勝手だ」
「まーね。あっ、先生!お久し振りです」
彼女は明るい声でこちらに声を掛けてきた。3人の中で岩杉に敬語を使うのは彼女だけである。だが、それに関してとやかく言うつもりもない。残りの2人も中学生の時分、学年でも有数の『真面目な』生徒だったからだ。岩杉とは大違いである。
「久し振り。元気だったか?」
「はいっ、ちょっと生活苦しいけど、兄さんも頑張ってるみたいやし、あたしも元気出さなきゃって頑張ってるとこです」
「? 何か元気失くすようなことでもあったのか?」
頑張っているという事は、頑張らなければ元気でなくなるという事ではないか。
「あ――……いえ、大丈夫です、何でもないです」
詩杏は笑って誤魔化した。怪しい。
 しかしここで尋問するのもはばかれるので止めておく。
「ねぇ先生、聞きたいことあるんだけど」
冬雪が言う。岩杉は振り返り、尋ねた。
「何だ?」
「――ダイスケが裏で何か怪しいことしてたって話、知らない?オレよく判んないけど、もしかしたらダイスケ、誰かに操られてたかも知れない」
「大亮?少なくとも俺は知らないな……近すぎたからかも知れないが」
近い存在であるからこそ知らない事もある。周りでどう言われていようが、岩杉の耳には入って来ないのだ。
「そっか……判った。ありがとう」
「! んにゃ、待てよ――」
何となく、覚えている事があった。
「何?」
「アイツ、よく紙切れいじってたな……周り見回して、机の引出しにいつも隠してたな。俺は結局中身を見なかったが――何かあるかも知れない」
岩杉の言葉に、冬雪の表情は暗くなった。彼が真剣に悩んでいるのが窺える。
「何か危ないコトなん?ふゆちゃん」
「危なくはないと思うんだけど……重大なコトだよ。ねぇ先生、それ……今もやってるかな?」
「さぁ、判らない……俺は最近行ってないからな……調べる気なのか?」
「出来ればね。胡桃も手伝ってくれる?」
「……出来ればな」
全員が静かになった。
「まず最初に、誰かがその紙の存在を確認してこなきゃいけない……それは先生がやってくれる?潜入できないかな」
「やってみようか……久々に来たくなったとでも言って」
「そしたら、それをすぐに持ってくる――胡桃だな、GO」
「俺かよ!?」
「頭黒くしてけば平気だろ?オレは染めんのめんどいから、ほっといても黒くなる胡桃に頼む」
「バカ言うな、お前……っ」
「ええやんか、」
「そうだ、霧島だ!霧島が制服着て行けばバレもしないし問題ナッシング!!な?だろ?」
「ゴメンくるちゃん、あたしもうすぐ期末なん。勉強せなあかんの」
詩杏は突然話題を振られたがすぐに回避した。
「…………お前俺より成績良い癖に」
胡桃の発言はただの負け惜しみだった。
「成績なんてのは試験勉強の賜物だぞ、藍田。秋野みたいな例外もいるが、ちゃんと勉強してればそれなりにいい点取れるんだ」
岩杉がのんびりと煙草に火を点けながら答えると、胡桃はあからさまに嫌そうな顔をした。
「……こういう時だけ説教すんだよな」
「仕方ないだろ、学校行ってないお前と期末で忙しい霧島と比べたら、10人中10人がお前に任せるだろうが」
「………………」
理解はしたらしいが、不満そうだ。
「何でそんな嫌がるんだ、胡桃?ちょっと潜入して紙切れ貰ってくればいいんだろ、簡単な仕事じゃん」
「簡単なんだったら霧島に任せればいいだろ!?」
「あー、女の子にキツい仕事任せようとしてるー、胡桃ひどーい」
「ふっ……冬雪お前、俺を陥れようと……っ!!」
胡桃がげらげらと笑う冬雪に襲い掛かろうとするが、詩杏に簡単に止められた。
「判ったよっ、行けばいいんだろ!?行けば……」
「…………しょうがないな、制服は持ってる?」
「一応」
「じゃーそれ着て、眼鏡は……」
「前使ってたヤツがあるけど」
「……ふぅん。くるはピアスしてないし、頭だけだね」
金色で長髪の彼が職員室に入ってきたら恐らく、目立ちまくって仕方ないだろう。居ない訳ではないだろうが、目をつけられてはならないのだ。
「…………いろいろ注文すんなよな。お前が行け」
「だからオレはオレで仕事するから。証拠品集めは大変なんだよ?だから胡桃を信用して頼もうと思ってんのに」
冬雪が大嘘を吐いて演技した。やけに自然だが、彼の演技力に騙されてはいけない。
「面白いですよね、2人の会話って」
 詩杏が岩杉に話し掛けてきた。
「? 面白いか?」
「はい、だって――……やっぱり仲良いから、ケンカしても結局仲直りして、意見も一致してて、すごいなぁって」
「まぁ、な――」
 岩杉にとって親友と呼べる人物は2人。1人は三宮流人、この場に居る3人との共通の友人でもある。もう1人は結城大亮、噂の彼だ。彼が操られていたなどと言われても、そんな実感は沸かない。誰に何をどうやって、操られていたというのだろう。岩杉には全く判らなかった。
「……あたしの幼なじみがこないだ、死んじゃったんです」
「? それは……大変だったな」
「いえ、あたしは何も関わってなくて……全然話もしてへんかったのに、急にそんなん言われても……せやから元気もなくなって、勉強も手に付かなくって」
「そりゃそうだろうな……俺も昔はそうだった。気にする事はない、今ならすぐ取り返せるし、霧島だったら心配するほど成績も悪くはないんだろ」
「まだ判りませんけど――」
詩杏は苦笑した。
 男子2人のケンカが終わり、冬雪がこちらに歩いてきた。
「説得完了。これでダイスケの裏を暴けるよ」
「暴いたらどうするんだ?」
「うーん、追い詰める。自殺とかはさせないようにね。それで、裏で何が行われてたのかを探って、元凶を探し出す!それが目的だもん」
冬雪はにっこりと笑った。もう17だと言うのに、子供のように可愛らしかった。
「それじゃ――俺からだな。行って来るよ、いつがいい?」
「いつでもいいよ、先生今仕事は?」
「内職程度。後の生活費は実家頼りだ――用事なら何もない」
「ホント?じゃあいつでもいいから、潜入してきて」
真剣な声だった。口調に似合わない鋭い視線を投げかけてくる。岩杉は頷き、承諾を示した。詩杏が騒ぐ。
「すごいっ、スパイみたいやねっ」
「……ある意味ホントにスパイだけどね。さぁ――……始まるよ、夢見月アンドCE内戦、第1ラウンド」
冬雪の意味不明の一言を胡桃が茶化し、その場は再び修羅場と化した。

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