形と探偵の何か
Page.34「Review」




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「若葉屋砂乃――・・・あった」
秋野冬雪と藍田胡桃は、近所の図書館で過去の新聞を調べていた。年月は1994年1月。まだ2人が生まれて1年ほどの頃、互いに名前も顔も知らなかった時代の事件だ。
「『大通りを友人の男性と歩行中、友人がちょっと目を離した数分の間に彼女は倒れていて、犯人の顔も姿も見えなかった。』かー・・・これって先生のことかな」
「さーな。多分そうなんだろうけどよ・・・。その事件、全部花蜂で起きてんだろ?それってまた何か嫌だな・・・犯罪の街みてェ」
「オレがいるから余計狙われるんだよ。こないだの火事だって、香子のあてつけじゃん。これももしかしたら、そうかも知んないよ」
「・・・夢見月家の?」
「可能性の話だよ。オレは別に、気にしてもいないし。先生の許嫁以外は全然知らない人だし。えーっと、誰だっけ・・・遠久野、?」
「そう。遠久野舜治、稲井敏和」
「被害者3人だけなんじゃん。しかも随分前だしなぁ・・・探りにくいんだよなぁ、もう・・・」
冬雪は頭をぐしゃぐしゃとかき回し、その新聞記事を眺める。
「遠久野は紫苑町で、稲井は緑北で。それで若葉屋さんは紅葉通か・・・3ヵ所を繋ぐ円の中心、っと青梅の人が怪しいかなぁ」
「・・・お前、率直だな」
「うーん、複雑作業嫌いなんだよね。単純作業のほうが良いや。内職とか向きそうだな・・・ってそんな事はどうでも良くって」
冬雪は新聞のファイルを閉じて、棚に仕舞った。
「――帰って調べよう。ニュースで話題になってるくらいだし、ネットだったら裏情報も入るかも」
「・・・・・・お前ってヤツは随分とまぁ」
「何だよ?」
「世俗に溺れたなぁ、とな。裏情報なんか集めないほうが、探偵としてかっこ良くねェか?」
胡桃は視線をそらしながら、言う。冬雪は膨れて反発した。
「かっこいいかかっこ悪いかなんて関係ないんだよ。解決したかしなかったか、物事結果が重要なんだから」
「お前も結果主義か。ま、頑張れや」
「ったく、胡桃は傍観主義だなぁ」
冬雪はすたすたとその場を離れて、すぐに図書館から飛び出した。あんな空間に居る時点で、まず疲れてしまう。見た目に似合わず読書はそれなりにするらしい胡桃とは大違いだ。
 だいぶ冷たくなった風が、冬雪の頬に当たった。

      *

 秋野邸。もうしばらくすれば久海邸になる場所に、冬雪は胡桃を引き連れて帰ってきた。
「ただいま」
冬雪が中に声を掛けると、現れたのは葵だった。テンションは高くもなく低くもなく、といった感じだ。
「よ、お帰りふゆ、胡桃君もいらっしゃい。大したモンはねェけどな」
「お邪魔します」
 冬雪は胡桃と共に、自分の部屋へ上がった。
 何気なくTVをつけて、ベッドに座る。胡桃も隣に座った。
「――・・・とりあえず、事件は3件、花蜂市内で起こったと。最初に若葉屋さん、次に稲井氏、最後に遠久野氏。場所はそれぞれ紅葉通、緑谷北町、紫苑町。目撃証言はあまり多くなくて、身長が175cm前後、性別は不明か」
「女だったらすげぇ高くねェか?175って・・・」
「そう?雪子も母さんもそれぐらいあったはずだよ。梨羽も170ぐらいあるみたいだし・・・」
「・・・・・・それはお前の家系だな。の割にはチビ」
「それは禁句」
冬雪が不満を胡桃にぶつけたその時だった。TVの音声が耳に届く。

『臨時ニュースです』

 クセで、冬雪はそちらに顔を向けていた。胡桃も釣られたのか、それを眺めている。
『先程マスコミ各社に宛てて、夢見月家広報担当からFAXが届けられました。それに依りますと、来年1月に時効を迎える15年前の花蜂通り魔殺人事件の実行犯は、故・秋野夕紀夜氏であるとの事です。現在警察ではこの件に関して事実関係の調査を始めるとの見解を示しております――』
女性アナウンサーはそこで文章を読み終えた。『追って報告します』との台詞を合図に、次のニュースへと移っていった。
 冬雪は振り返り、胡桃に尋ねた。
「くる、この事件だよな?」
「あぁ、15年前で、1月で時効を迎える・・・花蜂の」
「・・・母さん?母さんが犯人?この――・・・3件全部の」
と、言うことはどういう事なのか。答えは自明の理。
「若葉屋さんを殺したのも、母さん?」
「・・・俺に訊くなよ」
胡桃もバツが悪そうに言う。
「先生に電話してくる。オレ、黙ってはいられないよ」
「先生の前に夢見月家だろ。広報担当とやらに話聞けば、先生に訊かれても答えられるじゃねェか」
「事実を知っちゃったら、先生に言い訳出来ないんだよ!?」
「言い訳なんてする必要がどこにあんだよ!全部正直に言わなきゃしょうがねーだろ、大体この事件なんて俺らには関係ないんだし・・・」
冬雪は何も反論せず、とにかく無我夢中で部屋を飛び出した。後から胡桃もついてくる。
 階段を下り、リビングに入った。中では梨羽と葵がソファでくつろいでいるようだった。
「・・・・・・ニュース、見たのか?」
冬雪が尋ねると、2人は顔を見合わせて頷いた。
「オレは何をするべきだと思う?」
「雪子氏か桃香氏にでも訊いてみろ。手っ取り早ェだろ」
葵はぶっきらぼうに答えた。
「・・・・・・判った」
「冬雪!」
冬雪は固定電話の受話器を取り、夢見月家の番号を押した。

――トゥルルルルル、トゥルルルルルル・・・。

なかなか出ない。しかしここが秋野家である事は向こうにも判るはず。当事者の家から掛かってきた電話を、出ないはずがない。
『はい、夢見月です』
相手は意外にも普通に応対した。
「秋野、ですけど。桃香か?」
『冬雪君!ニュース見たのね、この件に関しては――』
桃香は言い訳をしようとしたらしい。冬雪はそれが始まる前に阻止した。
「・・・・・・訊くけど、広報担当って誰だ?オレの記憶では銀一さんだった気がするんだけど」
銀一は現在監獄の中だ。
『勿論、代わったわよ。広報担当は私。雪子には事後処理を任せてあるわ。2人しか居ないんだから、仕事も大変なのよ』
「そんな事はどうでもいい。何で桃香が広報担当で、いきなりこんな発表したんだ?オレへのあてつけか?もうすぐここを出てくから」
考えなど浮かばなかった。冬雪は思いついた事を喋っていた。
『! そんな事考えてないわ。ただ、あなたがそこを出て行くのと同時にこの事件は時効を迎える――夕紀夜が犯した罪を誰も知らないまま、犯人が既に死んでいることを誰も知らないまま、この事件は幕を閉じる事になるのよ?』
「・・・・・・秋野夕紀夜は『いい人間』だった。少なくとも、世間では。オレも息子ながら、母さんの表の顔しか知らなかった。裏で何やってたのか、オレは何も知らなかった」
『あなたの事を思ってたんでしょう。夕紀夜は・・・騙すのが上手いのよ。あの子はずっと――私たちをも騙していたの』
そんな話は初耳だった。
「どういう事?」
『――突然で悪いわ。あの子の戸籍名は「桜」。私たち姉妹は皆、あの子の事を「夕紀夜」だと思ってたんだけど――・・・違ったのよ。尤も、悪いのは私たちの母様だけど』
「・・・・・・は?」
何を、言っているのだろう。母の名は秋野夕紀夜、それに間違いはなかったはずだ。
『いい?母様は・・・あなたのお祖母ちゃんって事になるわね。母様は自分の付けた「桜」という名前を隠して、私たちに「夕紀夜」だと思い込ませたの。私たちをみんな騙すことで、あの子は将来、大物になることを見込んでいたのね』
「ちょっと待てよ、何だよそれ!?じゃあ・・・じゃあ何なんだ、母さんはいったい何者なんだよ!?」
思わず冬雪が叫び、傍にいた胡桃と葵、梨羽がこちらを見た。冬雪は冷静に戻り、応対を待った。
『――・・・本名は夢見月桜、かな。本人、自分の名前が違う事に関しては知ってたみたい。あなたたちには教えてなかったのね?』
「初耳だ」
『じゃあ、自分だけの秘密だったのかしら――・・・私には、秋野夕紀夜って言う、一人の新しい人間を作り上げてた、っていう感があるんだけど』
桃香はそこで一息置いた。
 一人の新しい人間。それは、冬雪たちが見ていた彼女はやはり本物の彼女ではなく、表向きの作られた彼女だったのだろうか?とても――そう信じたくはなかった。
『うーんと・・・死亡届を出したのは誰?』
「オレは知らない・・・葵?」
「は?」
話を全く聞いていない葵が、妙な顔をしてこちらを見る。
「母さんが死んだ時に届け出したのって誰?」
「あぁ・・・それだったら夢見月のほうでやるって言うから、俺は何もしてねェぞ」
「そっか」冬雪は再び受話器に耳を当てた。「そっちだって」
『こっち?あら、そうだったかしら――・・・じゃあ父様なのかしら』
「祖父ちゃん?」
冬雪の母方の祖父・夢見月雪架(ゆめみづき・せっか)はまだ健在だ。数回しか会ったことは無いが、夢見月の者と結婚した元一般人だけあって、すごく優しかったのを覚えている。
『えぇ。可能性として無いとは言えないわ。後で訊いておくから、心配しないで。ゴメンなさい、話そらしちゃったわね』
「あ・・・気付いてなかった」
『こっちが悪いのよ。で、あの事件のことなんだけどね。夕紀夜が自分で計画した事件じゃないわ。彼女は実行犯っていうだけで、計画した人間は他にいるの。いい?若葉屋さんの事件は銀一が夕紀夜に依頼』
「! ありがとう、他のは?」
『稲井さんの事件は赤の他人からの依頼よ。遠久野さんは、香子の命令』
「・・・判った。理由とか判る?」
『何を目的にしているの?普通に情報を知りたいだけじゃなさそうだけど』
「しょうがないな、もう。じゃーね、桃香。また今度」
『あ、ちょっと!?』

――ガチャ。

向こうに知られては堪らない。こっちはこっち、あっちはあっちだ。
「ゴメン、さっきは――叫んじゃって」
「別に構わねェよ。吃驚したけど――あ、俺そろそろ帰るな。また今度、冬雪」
「あ、うん。じゃーな・・・送るよ」
「別にいーよ、ここで」
胡桃は苦笑いをして手を振り、リビングを出て行った。
 冬雪は2人のいるソファに座った。
「・・・何があったんだよ?」
葵が尋ねてくる。
「別に、葵には関係ないことだから・・・気にしないでいいよ、大した事じゃないんだ。命の危機に晒されるワケでもないし」
冬雪は正直に話し、笑った。しかし葵は信じていないらしく、不信感丸出しでこちらを睨んでいた。
「ほ、本当だよ、葵・・・気にすんなって。尤も、オレが話したところで葵がどうこうってワケでもない。オレと胡桃とで調べて、報告するだけで済む仕事なんだ」
「・・・ふぅん。最近秘密が増えたような気はするけど・・・気のせいか。はん、青春真っ盛りの男子高校生なんてそんなものか。判った判った、青春の1ページを大切にするんだぞ」
葵は冬雪の肩を叩き、ニコニコと笑いながらそう言った。意味不明だった。
「と、とにかく・・・!!」
冬雪がフォローを入れようとしたときだった。

――ぴんぽーん。

   *

「あれ」
「胡桃かな?」
忘れ物でもして取りに来たのか――・・・冬雪は1階に降り、すぐに玄関を開けた。
「はい」
戸を向こうに押し、人間の姿を待った。そこに居たのは――・・・柔らかく微笑む、白髪の男性だった。
「こんにちは・・・否、こんばんわ、かな。冬雪君、久し振りだね」
「・・・祖父ちゃん・・・何で、こんなトコに」

――そう、そこに居たのは夢見月雪架、73歳。先程名前の挙がった、冬雪の祖父。血縁者の中では、割と仲良く話せる相手だろう。

「少し話したいことがあってね。中、入れてもらえるかな?」
「あ、うん――・・・どうぞ」
冬雪は雪架を連れて2階に上がった。
 2階リビングにいた2人は、予想外の人間の登場に驚いたようだったが、すぐに順応して梨羽は茶を準備しに、葵は話す体勢に入った。
「――ご用件は、どのような?」
 口を開いたのは葵だ。尋ねられた雪架はゆっくりと頷き、一呼吸置いてから話し始めた。
「久海さんとの交渉のほうは、どうなってるんでしょうかね?」
冬雪の今後の話らしい。葵の表情が多少変化したのが判った。彼の心境がどう変わったのかは、冬雪には読み取れなかった。
「・・・ボクからは何とも。まだ頷いてもらってないのは事実です」
「やはりそうでしたか――。もしそうであれば、との前提ではあったのですが、出来る事なら彼を、私に引き取らせてはもらえませんか?」

――その時雪架は、葵に飛びっきりの笑顔を向けていた。

「でもあなたは確か――横浜に住んでいらっしゃる」
そうだ。夢見月家の屋敷の中で、雪架は暮らしていたはず。
「えぇ。ですから、私と彼と、雪子を連れて一緒に住まおうというお話です。雪子が1人居るだけで、安全面も確実になるでしょう。怪我のコトは心配なさらないでも、いずれ治るモノです」
「家は――」
「あぁ、それなら雪子が準備してくれるようですから、大丈夫です。年末には決めなければならない話なのに――無理言って承諾してもらうのも難でしょう?」
葵はうつむいて、答えようとはしなかった。理由は判らない。
 梨羽が雪架に茶の注がれた湯のみを差し出した。雪架はそれを受け取る。一口だけ飲んで、机に下ろした。
「――どうでしょう?このお話、受けていただけますかな?」
「雪子氏がいらっしゃるなら、こちらも安心です」
そう答えるが、どこかその表情は冴えない。
「葵?」
声を掛けてみるも、反応はなかった。
「それじゃあ、また話がまとまったら連絡しますから――今日はこれで。あ・・・これ、つまらないものですが」
祖父はもう遅いと言うのに、帰っていってしまった。
 祖父の置いていった手土産は、一体どこで手に入れたのか判らない、毛虫型の物体が飛び出すタイプのビックリ箱だった。

「葵・・・何なんだよ?何か変だったぞ」
「――別に、な。お前が知っていい話じゃないんだ。こっちとしては――いつまでも隠しておかなきゃなんない」
「・・・・・・何なんだってば?」  、、
「俺の親父とお袋を殺した犯人の候補だ」
「は?」
候補?犯人でもないと言うのに、何故そんなに嫌うのだろうか――。
「佐伯家の会合に集まってたのは勿論、数人じゃない、とんでもない大人数だ。その中から犯人探し当てるなんて無理な話、その場にいた全員が容疑者。だろ?」
「そりゃ、そうだけど・・・でもなんで」
「あいつはあの中に居たんだよ。理由は知らねェけどな」
何故か、葵は雪架を犯人だと決め付けているような気がした。
「・・・居たって、犯人だとは限らないだろ。簡単に決められる事じゃねェじゃん、そんなのさ」
「あぁ・・・判ってるんだけど、な」
本人も訝しがっている。全く、今日の葵はどこか奇妙しい。
「・・・まぁいいや。また後で、ゆっくり話そーぜ。ふゆ坊、子供はさっさと寝な」
「子供扱いするなっていつも言ってるだろ・・・・・・じゃーな」
「おぅ。お前は言わなくたって子供だろ?ははっ、また明日」
「・・・・・・・・・風呂入って来んだよ」
そして、冬雪はリビングから出た。

   2

「何かまた、大変な事になってるみたいだけど?」
流人は事情を察するようにして、こちらに告げた。冬雪は目を逸らしながら、小さな声で答える。
「・・・しょうがないじゃん」
「ま、そりゃそうだけどね。岩杉さんもかなり動揺しただろうし・・・でも、考えられてない話じゃなかったんだよ」
「?・・・どういう意味?」
流人はにっこりと笑うと、その話を始めた。
「若葉屋砂乃さんって言うのはね――・・・君と同じ、若くしてCEの完成形・・・CECSと認められた人間だったらしい。その彼女と付き合っていた岩杉さんも然り、彼女によって『教育』される」
「・・・・・・そうだったんだ」
冬雪が沈み込むと、流人はくすくすと笑った。
「ま、その辺の話は良いんだよ、予備知識としてね。で、重要なのは、彼女の交友関係の中には、おおよそ一般女子高生の付き合うような相手じゃない人間も含まれていた――・・・そう、例えば君のお母さんのような」
「母さんと?」
「厳密には夕紀夜氏だけではないんだけど。でもまぁ、付き合いがあったのは事実らしい。後の調べでわかっているそうだよ」
「どうしてそんな事、流人が知ってるの?」
素朴な疑問をぶつけると、流人はまた微笑んで、誤魔化した。
「さぁね。ボクには君と一緒で、情報網が張り巡らされてるんだよ」
「信用ならないなぁ・・・広い情報網って、嘘も多いんだよ?」
「それを見極めるのがボクの生業みたいなもんさ。人の作った道具というモノをいじるのも楽しいのだけれどね」
それでこそ流人は雑貨屋を開いていると言うのに。いったいいつからこの人は情報屋になったのだろうか。
「で、話はそれだけ?」
「ううん――重大ニュースさ。結城先生、居るだろう?岩杉さんの旧友だ」
「あぁ、うん」
「彼が高校時代に失踪した事件って言うのは、明るみには出てないけど有名な話だ」
「失踪した?」
「公園で岩杉さんと別れてから、家にも学校にも姿を現さなくなった、ってね。半年後に帰ってきたらしいけど」
半年――・・・結構な長さだ。失踪であれば、帰ってくるに越した事は無いのだが。
「それで?」
「うん。その時結城先生がどこで何をしていたか、っていう問題でね。本人は黙って答えてくれないそうなんだ。人には秘密にしたいことがある、って言って。まぁこれはボクの憶測なんだけど――・・・やっぱり彼も夕紀夜氏の知り合いじゃないかなぁ、と思うんだ、どうだろう?」
「また母さん?でも・・・だからって失踪する理由はないよ。話をするなら失踪しなくても構わない。いなくなったら、余計に何か疑われるんじゃない?」
「被害者として、だからね。容疑者には挙がらないだろう?」
流人はにっこりと笑った。
「・・・・・・さっすが、流人」
「それほどでも」
冬雪はしばらく考え込んだ。

――結城大亮は普通の数学教師だ。見た目は――・・・どこか、奇妙しい?

「あれ・・・?ダイスケ、茶髪・・・」
「そうだね。ボクは高校時代・・・あぁ、彼のことだけど・・・に会ったことがあるけど、その頃からずっとそうだったみたいだね?まぁ、染めてるって可能性がないワケではないけど」
「・・・目が・・・蒼い」
「変えようがあるかな?」
「無い」

――と、言う事は?

「嘘だろ!?そんな事・・・っ、そんな事、ある訳ない!!き、きっと・・・偶然で」
「だって彼は日本人だよ?ボクが見た限りでは」
「・・・だ・・・だからって、髪も染めてたかも知んないし、瞳だってカラコン入れてたのかも・・・」
「学校の先生がカラーコンタクトなんて珍しいね?」
さすがの冬雪も答えようが無くなってしまった。

――まさか・・・信じたくない話だ。

それに、いったい彼は何者なのだ?いくら外見特徴を持っているからと言っても、「それ」が本当の事かどうかはまだ確かめられないはず――。
「流人、それどうして――・・・そんな話が出てきたの?」
「んー・・・岩杉さんが前に『素朴な疑問』を漏らしてたから、かな・・・。ちょっと興味持って、いろいろ調べていくうちに、ね。――・・・実はもう結果を知ってるんだけど」
「・・・結果?」
聞きたいようで、聞きたくない。微妙な線だが、聞かないわけには行かなさそうだ。
 冬雪は続きを促した。流人は一呼吸だけ置いて、静かに、しかして堂々とその言葉を告げた。
「――彼は結城家の養子になった――・・・香子氏の長男だ」
「は!?」
「正規の情報だよ。桃香氏にでも聞いてみればすぐに判るんじゃないかい?生まれてすぐに養子に出された『影の夢見月』が何人も居る事がね」
「・・・・・・夢見月の血を継いだ・・・何人も?」
「君にもお兄さんかお姉さんが居るかも知れないよ?」
多分、流人は冗談で言ったのだろうと思う。
「・・・居ないよ」
「さぁ、まだ判らないよ。もしかしたら突然現れるかも知れない」
流人は何故か、怖いぐらいに真剣な顔で言った。
「怖い事言わないでよ・・・マジでそうかも知れないって思うじゃん」
冬雪は必死になってかわそうとした。しかし、流人はいつまでも攻撃してくる。本当に――・・・居たとしたら、どうすればいいのだろう。

 ある日突然自分の前に、兄と名乗る人間が、姉と名乗る人間が現れたとしたら。それは全くの赤の他人であって、家族。ワケが判らない。
 もし現れたとしたら、それは冬雪にとっての『4人目の家族』。その登場を素直に喜んでいいのか、悪いのか。
 相手にとっても、冬雪を家族とする事を喜ばしいことと思わせていいものか判らない。

――難しい話だ。

「とにかく、結城先生は香子氏の息子だって事だよ。『結城大亮』そのものは本名のはずだけどね」
「・・・・・・うん。判ったよ」
「何だい、秋野君・・・さっきの話、本気にしてるのかい?」
流人は笑いながら言った。
「べ、別に・・・、本気になんかしてないよっ」
「なら良いけど。そろそろ帰ったほうがいいと思うよ」
「うん。帰ろうと思ったトコ。それじゃーね、流人。また来るよ」
「あぁ――じゃあな」

冬雪は店の扉を開けようとした――・・・が。

――・・・バン!!

・・・顔面直撃。両開きのドアだからいけない。
「いってぇーーー!!!!」
「秋野君・・・大丈夫?」
「ワリワリ、気にすんなって・・・アレ?何だ、ふゆ坊か」
「な、何だとは何だ!・・・って、何で葵が?」

嫌な人間と会ってしまった。しかも、こんなところで。
 危害を加えられたからには、こちらから攻撃を仕掛けないと気が済まない。冬雪はすぐに、葵に向かって全身全霊を込めたパンチを繰り出した。

――ぱしっ。

葵の左手がすぐに反応し、あっけなく止められてしまった。
「まだまだ甘いな、ワトソン君?」
葵はにやにやと笑いながら、腕を下ろした。
「ワトソンにすんな!」
「おやおや、医大に進みたいって言う人間がホームズになりたいと言いますか。医者だったらワトソンで良いだろ」
「・・・そういう問題じゃーなくてだな・・・」
確かにワトソン博士は医者だが。冬雪が怒ったのは助手扱いされた事に関してだ。これでも一応、事務所内では所長の地位に君臨しているつもりなのだ。
「ところでルーさん、こいつにあの話したの?」
「あの話?あぁ・・・アレだね。したよ、今さっき」
「オッケー、サンキュー」
葵は流人と謎の会話を交わして後、くるりとこちらに振り返った。

――それは恐ろしいほどの笑顔だった。

冬雪はどんな攻撃が繰り出されるのかと、すぐに戦闘態勢に入った。
 と、葵はため息をついて、言う。
「暴力反対、俺は殴らねェよ」
「いつも殴ってんじゃねェか!」
「・・・まぁいいじゃないか。で、君はあの話を聞いたわけだね?」
「あの話?」
「『影の夢見月』」
「あぁ・・・うん、それが?」

やはり、見慣れないものには恐怖を感じるものだ。
 葵は始終笑顔のまま、言った。

「――お前の兄貴だ。ヨロシクな」

――右手の親指で、自分の胸を指差しながら。



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