形と探偵の何か
Page.32 「Cycle」




    Prologue

いつまでも いつまでも

回り続ける 滑車を眺め

その動きを 止めたくて


ふと 手を伸ばす


――誰にも 止めることなど

出来はしないことを 知りながら


      1

「・・・鈴夜を殺した犯人は俺だ、ね・・・ベタだなー、こいつもさ」
冬雪の目の前で、胡桃がその手紙を眺めながら面倒臭そうに言った。
「ベタなのは確かなんだけど、噂が広まってる事を加えたら、信じない訳には行かない」
「まー、そうだろうな。で?お兄ちゃんとしては、是非とも緑谷を出て行く前にこの事件解決したほうがいいんだろ?オイ」
「そうだけど、簡単に解決できる問題じゃねェんだぞ?いいか、あの事件は元々、Y殺しつまり春崎架が――」
「理屈は良いから。いいか?冬雪。鈴坊はあの時、部屋の奥で死んでたんだろ?としたら、玄関を開けていきなり刺された訳じゃねェって事じゃん」
「・・・・・・」
胡桃がどうだと言わんばかりにニヤニヤ笑っている。
「・・・知り合いだって言いたいのか?」
「ビンゴ」
人差し指を立てて、胡桃が笑う。冬雪はため息をつく。
「知り合いなんてごまんと居るんだよ、判ってるか?鈴夜の交友関係全部探ってたらキリねェだろ」
「何言ってんだ、子供が殺す訳ねェだろ」
「そうとは限らないって、胡桃・・・お前時代遅れだな」
「うるさい!小賢しい!!」
そう言って喚き立てながら、胡桃はそっぽを向いてしまった。
(小賢しい・・・?って奇妙しくないか?)
「な、胡桃」
「・・・」
「関係ない話だ、こっち向け」
すると、彼は素直にこちらに向き直った。異様なまでに素直な人間である。
「・・・・・・今お前、日本人形行ってるか?」
「行ってる訳ねェだろ、こんなとっから通えるか。金欠だってのに」
「・・・判ったよ。金は貸すから後で一緒に行こう」
彼の表情が、冬雪を訝しむものに変わった。
「何で?」
「何かあるかも知れないだろ。流人なら何か知恵貸してくれるかも知れないし。・・・オレの事故が事故じゃなかったのも気付いてた、し」
胡桃は判らない、といった様子だったが、冬雪にとってはかなり大きな衝撃だった。

『きっと、誰かに突き飛ばされたりしたんだろう?』

 どうしたら違うと言えるだろう。その自信に満ちた目と、口調が冬雪に抵抗する術を失わせる。彼にだけは――・・・他の誰に訊かれたとしても答えない事も、全て話せてしまう。変わった人間――・・・否、人間ではないと言っていたか。

「・・・先生、どこに居んだろうな。冬雪、何か聞いてねェか?」
「オレが誰から聞くんだよ」
「あぁ・・・そう、だよな。悪ィ」
胡桃もバツが悪そうにしている。
「とにかく、今からでも行こうぜ。紅葉通」
冬雪が立ち上がると、胡桃はため息をつきながら答える。
「・・・・・・・・・承諾。ついでに、電車賃はおごりで頼むぜ」
「貸すっつったろ。返せよ。ていうかお前に金貸して返って来たためしねェぞ」
「だからだ」
自分に非がある事を決して認めない。それでこそ彼なのかも知れない。
 冬雪はその部屋の扉を開けた。

      *

 岩杉諒也は何故か長崎にいた。だが、右も左も判らない。早い内に別の場所に移ろうと考えていた。とは言っても、全く土地鑑のない岩杉には簡単な移動は出来ない。
 結果として、駅で立ち往生する事になっているのである。
「・・・参ったな」
思わず呟く。目の前を自分と同じ金髪の青年が通り過ぎる―――・・・見た事のある顔だ。と、向こうもそのようで、こちらよりも先に声が掛けられた。
「あ、れ・・・?先生じゃないっすか・・・こんなトコで何してるんです?しかも何か金髪仲間だ」
「・・・葵さん、」
「そういえばふゆが探してたような・・・あぁそういえば行方不明でしたよね。何だ、こんなトコにいらしたんですか」
葵はこちらに話す隙を与えなかった。
「現在逃亡中ですか」
「まぁそんなトコです。捕まる訳には行きませんから」
「じゃあ一緒に逃げませんか?別に俺、逃げてる訳じゃないっすけど、そういうのは面白いから」
「面白い・・・って」
「はは、長崎なんて修学旅行以来っすよ。なんだかんだ言って来てなくて。名所巡りでもして、のんびりちゃんぽんでも食いながら身の上話でもしましょうよ」
「は・・・」
身の上話をして何になるのだろうか。
 考える間もなく、彼はいそいそとバス乗り場へ急ぐ。ここで知り合いを見失ったら最後かも知れない――・・・仕方なく、岩杉は彼について行った。

「・・・追われてるんですよ、政府に」
――こんなところで奇妙な会話をするものではないと思いつつも、葵の説得に負けてしまい、岩杉は今までの事を洗いざらい白状させられた。
 葵は麺を完全に飲み込んでから、返答した。
「政府に?警察じゃなくて?」
「えぇ。彼らは俺と秋野を何とかして監獄に入れようと試みた――しかしご存知のように秋野は承知しなかった。まぁ、裁判所も逮捕状を出さなかったらしいですし・・・残りは1人、って訳で必死になってるんですよ」
「でも、調べれば簡単に判りませんか?その――居場所なんて。政府でしょう」
「そうだと思うんですけどね。まだ見つかってませんよ、住所不定無職ですから」
岩杉は微笑み、葵は不思議そうな顔をした。
「このまま、逃げ続けるんですか?」
「・・・捕まらないで済む方法があるのなら、それに従いたいものですけどね」
「それは確かに、そうかも知れませんね・・・あいつがその『方法』を取っちまったから」
葵は一呼吸置き、言った。
「でも少なくとも、あなたが帰ればあいつらは喜びますよ。捕まるとか、そういうの関係ナシに」
「・・・・・・」
「ま、帰って来られるとも思えませんけど。出来ればでいいんすよ、出来ればで」
葵は小さく笑い、黙り込んだ。
 それからしばらく2人で休んで、葵の紹介してくれた宿に泊まった。

――翌日、妙なニュースが岩杉の耳に入る事など、その時は誰も予想していなかった。そう、誰も。

      2

「・・・久し振りに来たと思ったら」
流人は苦笑して、2人を見上げていた。
「そんな風に言うことねェだろ」
胡桃が挑戦的に返す。流人は全く怯まずに答えた。
「別に嫌だとは言ってないよ?それで、ボクに解決してほしいって?」
「・・・・・・悪いけど」
冬雪が言うと、彼はにっこりと笑って、そして告げた。
「ボクに出来る限りの協力はするよ。でも、最後には君自身が何とかしなきゃいけない、判るね?」
「勿論」
「オッケー。君に解けないような事件を、ボクに任せてもらえるとも思えないけどね。事件の概要は前に聞いてた話とニュースの情報で全部、いいかい?」
「うん。何もない」
流人の質問に、冬雪が1つずつ答える。胡桃は椅子に座り、その様子を見守っていた。
 一通り質問が終わったらしく、流人はしばらく考えていた。冬雪は胡桃の隣でルービックキューブを暇そうにいじりながらも、真剣な目つきをしていた。
「・・・秋野君」
「! ん?」
「まず1つ、その事件の後にY殺しが100日以内に出すと言った『8人目』を出していないから――、彼は正規の『8人目』扱いだったはずだろう?」
「・・・うん」
冬雪の表情が次第に変わっていくような気がした。
「それなら、真犯人は架氏と何らかの関わりを持った人って事になるよね。少なくとも、夢見月の人間を殺せるほどの能力を持った上に、かなりの知力もあって――・・・かなりのやり手かも知れないよ?」
「・・・架と、相談してる人間がいたって事、?」
「まぁ、どういう形式にしろ会談を持たないワケには行かないだろうからね。架さんは夢見月家に住んでたんだから、あの屋敷に入れる人間か、あるいは単なる友人か。でも外で話す事じゃないよね」
 その口調は、夢見月家の中の人間が『真犯人』である事を強調しているようだった。思わず胡桃も話に聞き入る。
「でも家の中って言うのは・・・ありえないんじゃ」
「共犯が居ても奇妙しい訳じゃない、現に架さんは夢見月の人間じゃないか?少なくとも、あの家の中には一族の人間しかいないって事でもないから・・・可能性は幾らだってあるよ」
流人は優しく笑う。
「一族以外の人間・・・」
「じゃあ、君が一族を信じるって言うんなら、それを前提に話そうか。家政婦、使用人、秘書・・・ボクは詳しい事は知らないが、結構な人数が働いてるんだろう?」
「まぁ、そうだけど」
「じゃあ・・・とりあえず整理するかな。まず第一に、君の家に来る事が容易――つまり、少なくとも日本国内にいる人間」
流人は人差し指を立てて言った。
「うん・・・それは、当然」
「そう。第二に、夢見月架と何らかの関わりを持っている者」
中指が立つ。
「第三に・・・人の殺し方を心得ている、あるいは医学的知識の豊富な者」
薬指。
「第四に、君と藍田君が言っていた通り、鈴夜君が警戒せずに家に上げられる――鈴夜君の知り合いである者」
最後に、小指が立った。
 そして、流人はにっこりと笑い、こう告げた。
「この全ての条件を満たす人間は?」
「・・・判る訳ないよ」
「まぁ、そりゃいきなりじゃ無理だね。ボクだって判らない。でも――、架さんと鈴夜君の共通の知り合いを探してみたらどうだい?鈴夜君の知り合いくらいだったら秋野君も判るだろうし、その中で架さんと関わりのある可能性のある人間が見つかるかも知れない」
「・・・俺も、俺も手伝うぜ、冬雪」
胡桃が言うと、冬雪は少し笑って頷いた。
 手伝うとは言ったものの、何をどう手伝えばいいのか、胡桃にはさっぱり判っていなかった。

   *

 羽田杜市内、胡桃の自宅。いつもの部屋だ。
「鈴の知り合いか。子供は抜きにして、まずは教師だな。そっから漁ろうぜ」
「・・・・・・担任は乗原。乗原昭二」
「オッケー、あいつな。あいつ・・・は・・・・・・人殺しそうにねェし、腕力既に無さそー」
音楽教師だがクラスを持っているベテラン教師、52歳。きっと小学生にだって付いていけないくらい、彼の体力は劣っている。あれで体育の授業が出来ているのかが不安だ。
「あれはまず、有り得ないな」
冬雪がきっぱりと否定すると、胡桃も引き下がった。
「・・・だな。じゃ、他は?」
「多すぎ」
「・・・・・・・・・んなコト言ってたらキリねェだろ。探さなきゃなんねーんだから」
「だからって緑小の教師全員挙げててもしょーがないだろ」
胡桃が唸り、また別の発言をする。
「じゃあそれ以外にねェのかよ?」
「あいつが関わってた大人っつったら・・・大船さんとかもいるけど、警戒して入れないだろうな。でも基本的にあいつ、夢見月家ほとんど行ってねェんだ。だから大して知り合いいないし」
また、胡桃が唸る。次に出た言葉は冗談だった。
「・・・冬雪が犯人ってこたーねェよな?」
「は?何冗談かましてんだ・・・・・・。・・・あ」

――強ち冗談ではないかも知れない。

とんでもない事に気付いてしまった気がした。
「何だよ?」
胡桃が不審そうな目でこちらを見ている。
「・・・・・・もう1つの条件もきちんと満たす人間を見つけた」
「は!マジかよ、教えろよ」
「・・・ダメだ、教えられない。この問題はオレが解決する。胡桃はここで、待っててくれればいいから」
「何だよお前、ケチだな?ちょっとぐらいヒントくれたっていいだろー?」
明らかに不満げな胡桃。冬雪は情けでヒントを与えた。
「灯台下暗しだよ。それじゃオレ、そろそろ帰るわ。またな」
「・・・?おぅ。じゃーまた」
部屋を飛び出して、冬雪は走り出した。早く――・・・帰らなければ。もしかしたら、上手く行くかも知れないのだから!
 言い知れない不安と、事件を解決できるかも知れない期待とが混ざり合って、冬雪には走ること以外に何も出来なかった。

      3

「・・・ただいま」
玄関の扉を開けると、中には誰もいないのか静まり返っていた。最近は誰もいなくて奇妙しくない。以前なら、家の中に誰か1人は居たのだが――。
 冬雪が鞄をソファに投げ出し、給湯室で紅茶を淹れて事務所に戻ると、そこにはさっきまでいなかった人間が居た。
「! 父さん」
「あぁ・・・帰ってたのか。僕も今帰って来たところでね」
「・・・そう」
冬雪は自分の紅茶を事務所のテーブルに置き、白亜の分の紅茶を淹れようと給湯室に戻った。

――ここからが正念場だ。

 冬雪は紅茶をもう一杯淹れて、事務所に戻る。テーブルに置いてから、話を切り出した。
「・・・鈴が死んでから、もう2年」
「・・・・・・そうだね。架さんが殺されてしまったから――・・・どうしようもないけど」

何が、どうしようもないのだろうか。

「父さん」
白亜がこちらを見る。不思議そうな顔で、こちらを見つめていた。
 冬雪は口を開いた。


「どうして鈴を殺したりしたの?――・・・父さん」


 彼の表情は、少しも変わりはしなかった。
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