形と探偵の何か
Page.31「Repeat」




    Prologue


まわり そして めぐる

なにを

目的として?


全てを

この手に 求め


もう 戻らない 日々を

いつか また 思い出して


――幸せを この胸に


      1


「あぁ――・・・また電話、するから」

――ぴ。

通話を終える。普段と変わりない日々。

――いつからこんなコト、やってるんだ?

自分に問い掛けても、答えるのは自分。

意味のないこと。

そう、何も意味はない。

全てのものに、意味などあるのか?


――・・・思わずため息が出る。


何故ここにいるんだろう?

自分は――・・・何の為にここにいるのか?

そんな事を調べたばっかりに、またつまらない生活は幕を開けると言うのに。


何も欲しくはない。

何も必要としない。

何も――・・・怖くはないか?


そう思っていた時期もあったかも知れない。


―――怖いモノくらい、あったって良いだろ?


またため息が出る。

携帯をベッドに放り出す。

そのまま、後ろに倒れる。


もう―――訳が判らなくなった。


――知るもんか。こんなトコに居て、何のイミがあるって言うんだ。


そして、目を閉じた。

懐かしい、夢を見た。


もう――・・・きっと、戻らない。


――だからもう、ここに居る必要はない。


「じゃーな、親父、お袋、兄貴」


誰一人として、彼を咎める者は居なかった。


   *

 とある秋の日曜日。霧島詩杏が自宅玄関の扉を開けると、道路に秋野冬雪の姿がある事に気付いた。焦茶色に染めた髪は既に耳を覆う長さになっていた。服装はやけに重装備で、まだ10月だというのにマフラーを巻いているのが可笑しかった。背も大して伸びていない。まだ160は超えていないだろう。
「よ、詩杏。久し振りだな」
彼はこちらに手を振って、笑顔でそう言った。
「久し振りって、まだ2日しか経ってへんよ」
詩杏はそう答えながらも、2人が斜向かいの家に住んでいることを思い出し、近所の付き合いが薄くなっていることを実感した。
 冬雪は今、町内の有名進学校に通っている。だが、あと数ヶ月でそこも辞めなければならないと言う。理由は、明白だ。
 彼がCECSであるという事で、花蜂市は夢見月家というバックを恐れつつも強行手段に出てきた。法的に何もしていないとは言えど、周囲の市民の平穏な生活を脅かしていると言いたいらしい。国外退去ならぬ市外退去、との事だ。今後市内に住む事は許されない。
 詩杏は階段を下り、門を開けて道路に出ると、冬雪と共に歩き始めた。2人が向かう先は一緒だ。特に言葉を交わさなくても、行き先は決まっているも同然である。
「全くっ、どういう法律適応してるんやろねっ」
「そんなにキレなくても・・・法律云々じゃなくて、モラルってヤツだろ」
「そんなんで市を追い出されるん?バッカじゃない!」
「誰がだよ。市は頭が良いからこういう態度に出てきたんだぜ」
市内でこれ以上犯罪を増やさないようにか。確かに花蜂市の犯罪件数は、東京都内でワースト1である。だが、彼らがいる事によって起きた事件など、その一掴みにも満たないではないか。そんな事で追い出すのは筋違いではないのか。
「先生だって何にもしてないのに、何で追い出すん?それこそ奇妙しいやんか」
「・・・先生は行方不明じゃねェか・・・」
冬雪はため息をつきながら言った。それは許容し難い事実でもある。数ヶ月前に姿を消した彼らの元担任である岩杉は、冬雪と同じくCECSと宣言された者の1人だ。警察と市は協力して彼を捜しているようだが、この調子では見つかりそうにない。見つかって欲しいような、見つかって欲しくないような、微妙な気分だった。
「でもっ、見つかったらどっちにしろ出てかないかん訳やし、結局は変わらへんよ」
「まーな」
冬雪は自然な動きで髪を耳に掛け、そのまま両手を後ろに回して組んだ。
「先生、どこ行ったんやろね」
「知らねェよ、オレは。先生には先生の意思があるし、オレにはオレの意思がある。人の気持ちなんて判んないよ」
「・・・・・・そういう事聞いてるんと違うのに」
「そう聞こえるっつーの」
そうこうしているうちに、2人は駅に到着した。もう何度見たか判らない、緑谷駅だ。
 2人は改札を抜け、右側の階段で上りのホームに上がった。人の数はまばらで、普段のラッシュ時に慣れてしまった詩杏にはどこか気分が明るくなる風景だった。これなら座れる。
「人少ないね」
「日曜だからな」
冬雪はベンチに座りながら、のんびりと答えた。
「それにしても少ないやん」
「寒いからな」
「・・・えー?」
 どこが寒いのだ。否、彼は寒いと思ったからマフラーをして出てきたのだろう。彼の心情からみれば今の発言は正しかったのかも知れない。
 でも、今日は寒くない。きっと寒くない。
「来たぜ」
彼が言う。数秒後、ホームに電車が入ってきた。2人はそれに乗り込み、座席に座った。
「こうしてるとさ」
「何?」
「周りには恋人みたいに見えるんだろーな。オレら」
「・・・・・・冗談は止めてよね」
「別に冗談でも本気でもねェけど。本当ではあるんだろ」
本当と本気が同義ではないのは判るが、冗談にも程がある。
「ここに胡桃が居ると、愛と感動の大巨編、大三角関係の発生かな」
「もう止めてよっ、訳判らんやんか」
詩杏が冬雪の肩をはたいて言うと、それ以降彼は目的地に着くまで何も言わなかった。

   *

 2人が向かったのは紅葉通、日本人形である。彼らが店に入ると、店主はカウンターでのんびりと茶をすすっている最中だった。
「やぁ、お二人さん。今日も仲良くご登場だね」
「・・・・・・」
「何だよ、ケンカ中?まぁまぁ、とりあえず座って」
店主・三宮流人の勧めで2人は定位置の椅子に座った。
「お茶でも飲んだら」
「さんきゅ」
「おーきに」
それぞれに緑茶を受け取る。詩杏は息を吹きかけながら茶を冷まし、一口だけ飲んだ。
「・・・岩杉さんはまだ帰って来ないんだね」
「相変わらず。葵と同じだよ」
「旅人か。帰って来ないって事もないと思うんだけどなー・・・真面目だからね」
詩杏たちが知る限りでの彼は、確かに真面目だった。決して嘘は吐こうとしないし、悪意を持って悪事を働くという事はなかった。彼が幼い頃から付き合っているという流人が言うのだから、本当の事なのだろう。
「逃げたくなる気持ちも判るだろう?秋野君は」
「まーね・・・でも逃げられないよ、オレは。先生はすごい。だろ?詩杏」
「え、うん。すごい、よね」
「藍田君も出て来ないし。2人ともどこ行ってるんだか」
「・・・さぁな。オレは何も知らないから答えようがないけど」
「あたしも全然知らされてへん・・・どうして教えてくれへんのかな?あたしたちにだけでも、教えてくれれば良かったのに」
詩杏が訴えると、流人と冬雪はため息をついた。
「1人に、なりたかったんだろうな」
流人がゆっくりと言って、その場は静かになった。

   2

「いい加減、嘘つくのやめたらどーよ?」
金色に染められた髪を肩近くまで伸ばした少年が、冬雪の肩をつつく。それと同時に、逆の手でコーヒーカップを差し出していた。冬雪はそれを受け取り、ため息をつく。
「・・・仕方ねェんだよ。お前がここから出てきたいって言うんなら話は別だ」
「悪ィが、それも出来ねェんだ。お前に掛かってるってワケ。霧島がお前に、『何で教えてくれなかったのよ、バカ!』なんて叫ばないようにだな、お前は充分気を付けて・・・」
「だったら嘘ついても構わねェだろが!」
「あ、そだな。悪ィ悪ィ、冗談」
少年は楽しそうに笑って、自分の分のコーヒーを一口飲む。
「なぁ、冬雪」
「んだよ」
「あの噂、知ってるか?」
「噂?何の話だよ」
少年は何故か黙り込んだ。数秒経って、ようやく口を開く。
「何だ、その――・・・鈴坊が、殺された事件、の」
「? 何でそんなのが出てくるんだよ?今更」
「今更だから出てくんだよ。だから―――何だ、あいつがさ・・・架に、春崎架に殺されたんじゃないっていう噂だよ。知らねェのか?本家本元の鈴夜の兄貴」
少年――胡桃が言いにくそうに口にしたその話は、途轍もなく恐ろしい話だった。
「・・・何言ってんだよ、あいつはY殺しに殺されたんだ・・・架伯父以外の誰が居るんだよ」
葵に影響されてか、名前の後に続柄を付ける癖が最近出てきている。直さなければ。
「Y殺しが1人だとは限らねェだろ。もっと別の誰かが、居たのかも知れねェし。だろ?可能性だって否定は出来ないはず」
「お前、その話どっから持ってきたんだ?」
「あぁそれは・・・何、ダチってヤツ」
胡桃はごまかすように笑った。
「そ。俺の幼なじみがその兄貴でさ、なんて言わなかっただろーな?」
「お、おう!当然・・・・・・当然の如く、い、言いました―――・・・」
「・・・・・・・・・・・・バカ」
「・・・・・・・・・・・・ゴメン」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
冬雪がため息をつき、コーヒーを飲み干す。胡桃は目をそらして黙ったままだ。
「まぁ構わないけど。お前の『ダチ』なんてロクなの居ねェんだから、気ィつけとけよ。気付いたらケンカ売られかねないよ、オレ」
「それはあるかも・・・でもお前、勝てるだろ?」
「勝たなきゃしょーがないよ、殺さない程度にね。で?その噂はどうして出てきたワケ?」
「あぁ・・・それなんだけどな」
胡桃は改めて真剣な顔つきになった。そして、続ける。
「――架の部屋から日記が出てきたらしい、ってところから、だな。そこにある文章から考えていくと、あの日には殺害は無理――っていう話がどっかから出てきたんだとよ。信じるか?」
「・・・日記が出てきたのはホントだからな・・・どちらとも言いかねるけど。でももし本当にそうだとしたら、別に犯人がいるって事だろ?」
「そりゃそうだな」
「そしたら、鈴を殺したヤツがどっかで、のうのうと生きてるって事だろ?」
「死んでる可能性もないとは言えない」
「・・・それもそうだけど。でもどっかにいるって事だ。どこの――・・・どこの誰とも判んねェヤツが、さ」
冬雪は両手で持ったコーヒーカップを握り締めた。
 胡桃がこちらを見つめているのが判った。
「・・・・・・もしそうだとしたら、絶対捕まえてやるから」
「・・・協力すっかな。大変そうだけど」
「話がまとまったらまた来るから。それじゃオレ、そろそろ帰るわ」
「おぅ。じゃーまたな」
「じゃーな」
冬雪が立ち上がり、その部屋から出る。まるで地下室のような、硬い雰囲気の部屋だ。胡桃はこの寂れたアパートの一室で1人ひっそりと暮らしている。数ヶ月前に家出をしてからずっとここに住んでいるが、居場所を知らされているのは冬雪だけだ。だから、詩杏はここに彼が居る事を知らない。

 お隣羽田杜市の街を歩き、緑谷へと戻る家路についた。

   *

「お帰りなさい」
「――ただいま」
冬雪を迎えたのは梨羽。手には湯のみが載った盆を持っている。2階には多分、葵と白亜が居るのだろう。
「冬雪、あの――上でお兄様が待ってらっしゃいます。何か、重要な話があるとかですけど――私はよく知らないんですが」
「そっか。うん、ありがとう」
「後で私も行きますから。夕食の準備始めないと――」
「へへ、ヨロシク。じゃーね」
冬雪は階段を軽やかなステップで上りきると、2階リビングへ突入した。
 気付いたらしい葵がこちらに手を振った。
「よ!お帰り、坊ちゃん。遅かったぜ」
「・・・坊ちゃん言うな。で?話って何よ」
ソファに冬雪が着席したところで、葵はいきなり本題を切り出した。
「――お前が行くトコだ。今話し合ってる最中らしーんだけどさぁ、じーちゃんのトコが一番いいかなって話だが、どーだ?」
「・・・・・・え?」
「おいおい、『居たのか』って疑問はナシだぜ。久海蒼士、正真正銘お前のじっちゃんだ。もちろん、俺のでもあるけど。ただな・・・お前が何だ、夢見月の人間だろ?おまけにニュースで話題のすごい人材なワケだ。話を受けかねるって事で現在交渉中。どうだ、行く気あるか?」
「・・・会ったこと、ないんだよね」
冬雪が静かになったのを見受けて、葵は更に続ける。
「お前の事は知ってたぜ、勿論な。ただし、まさかそんな重大な人間だとは思ってなかった、らしい。白亜叔父の一人息子っていうだけの扱いだったのがいきなりアレだもんな。そりゃビックリもするわ。で、その家は羽田杜にあるワケ。ま、都心出るたび緑谷通る事になるけどよ、その辺はしょうがねぇかって事でさ」
「良く思われてないのに、引き取られたいなんて思わないけど、どう?」
言い返すと、葵は少し悩んでから、言う。
「まぁな・・・白亜叔父が嘆願すりゃーいいんじゃねェ?」
「そう上手く行くもんじゃねェんだろ?」
「じゃあお前はどうしたいんだよ?そのまま市の示すどっかの施設にでも引き取られるつもりか?そうでもなきゃ、やっぱりどっかの親戚に引き取ってもらったほうが良いだろ?雪子氏は足怪我してしばらく動けないから無理とか言われてるしだなー・・・そーだろ?オイ」
葵はこちらに顔を近づけて来て迫った。冬雪は答えかねて目をそらしたが、葵にデコピンをされて悲鳴を上げた。
「少なくとも、お前がここを出てく期限は今年いっぱいだ。来年の正月はどっかで迎えろよ」
「・・・冷たいな、葵」
「冷血動物だ」
「何言ってんだか、人間のクセに」
「お前が言い出したんだろ。まぁでもとにかく、どっちかしかないだろーな。ふゆの事引き取ってもらえるような近い親戚他にいねェからな・・・」
結局、『重大な話』はそこで終わってしまった。

 それから、しばらく経った頃だ。
秋野家に、一通の手紙が届いた。差出人は不明、消印は緑谷。普通の茶色い封筒に、何か紙が入っている。
「・・・何だ?」

そしてまた、事件は起こる。

〜Play Back The Crime...

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