形と探偵の何か
Page.29 「最後の挨拶」




    Prologue

えっと――……ほら、感動ってゆーの?

そういうのさ、欠落してんじゃない。

だって、卒業式で全然感動しないなんて、今時だって珍しいじゃん。

いる?そういうヤツ。

ま、本人が感動してるかしてないかなんて知ったこっちゃないけど。

平然と卒業して、平然と高校行っちゃうなんて、辛いっしょ。

辛くないヤツなんて居んの?それって、単に友達いないってことじゃん?

確かに嬉しいのもあるかも知んないけど、辛いのもちょっとはあるじゃん。

友達が別の高校行って別れちゃう、とかさぁ。


……ま、それも本人の自由かな―――。


      1

 有り得ない話だ。
 生徒が殺人を犯して、現在必死に闘争中。で?自分はどうしろと。辞職?あぁ、言われる前にそうさせてもらいますよ――。

 勢いで辞表を出してしまったのはいいものの、今後どうやって暮らせと言うのか。この状況で、仕事がなければ話にならない。が、考えた挙句しばらく実家に頼って生活資金を出してもらうことにした。実家と言っても両親ではなく年金暮らしの祖父母しかいないが。

――岩杉家には意外なほどの資産があるらしかった。

 そうであるからこそCEを導入しているのであって、自分はその影響を受け、しかもその完成形とまで言われたのだ。いい加減、この制度を無くさなければならないし、それを避けようとする差別的な社会も何とかしなければならないと思う。
 そう愚痴った岩杉に対して、流人が静かに反抗した。
「……だからって、その髪型はどうかと思いますよ?年齢考えてください」
年齢を考えて欲しいとは言うが、別にそれほど奇妙しくはないはず――。
 確かに以前では考えられないだろうが、一般にはありふれているではないか。それに、高校時代はずっとこうしていたのに。
 元々長めだった髪を、金に近い茶色に染めた。夏休み中の為、生徒には全く会っていない。尤も、新学期が始まったところで会えるわけではないが。

「流人こそ自分の歳考えろ」
「ボクは普通の人とは違うんですからね。伊達に400年生きていません」
「400は行ってないだろ」
「行ってませんけど。もう8年もすれば行きますよ」
流人は湯のみに日本茶を注ぎながら不満げに言った。
「その8年は大きいな」
「岩杉さんたちにしてみればですよ」
流人は悪戯っぽく笑い、茶を一口飲んだ。猫舌の岩杉はまだ待つ。
「なぁ、流人」
「? 何ですか」
「もう、敬語使わなくて構わないんだぞ……『先生』じゃないんだから」
 思い出した。彼が、岩杉に対して敬語を使い始めた理由――……高校時代に再会した頃は、まだ普通に話していた。だが、就職した途端、彼はいきなり敬語を使い始めたのだ。少々、他人行儀な気がした。しかし彼にとってはそれが礼儀であり、それが普通の行為なのだ。
「……慣れちゃいましたからね」
「子供だったのに?俺より流人は5つも年上だ、戸籍上でも」
「じゃあ何ですか、これから岩杉さんは全く関係ない職に就こうって考えですか?」
「それは」
まだ何とも言えなかった。どう考えても、自分に何らかの技術力があるとは思えない。
「岩杉さんがまた『先生』になられたら、またこうして話して構わないのなら、戻しましょう」
「いいのか?」
「別に、大した理由でもないですからね」
そう言って、流人はにっこりと笑った。
「で――……ずっと緑谷に住んでるつもり?」
「出来るワケがない」
近所に生徒が何人も住んでいる場所に、いつまでも留まるわけには行かなかった。あそこに住んでいるのは単に、通いやすいという理由だけだった。実質、5年は住んでいた事になるか。
「じゃあどうするの?どこか行くあてがある?」
「ない。あったら、さっさと行ってるよ」
実家に住むという手も考えた。しかし、すぐに就職して祖父母を養うまでの自信もない。それに、この近くでないといけない理由が――あった。
「じゃ、どっかで物件探さなきゃいけないね」
「適当にいいトコ探すさ」
岩杉が楽観的に笑って見せると、流人は何も言わずにまた茶を飲んだ。
「見つかれば、だけどね。前も苦労したんだろう?」
「…………昔の話だ」
「東京は地価が高い」
「それくらいは知ってるけどな。別に一戸建て買うワケじゃないんだし」
流人がつまらなさそうにため息をつき、暗い調子で話し始めた。
「……知らないうちに『先生』に辞められて、理由も知らされず、謝罪も説明もされず――……辛いと思うけどなぁ」
「だからと言ってこの格好で学校行ったら何があったのかと思われる」
岩杉はようやく冷めてきた茶を飲んだ。少し苦味があって、今の気分を余計に駆り立てた。
「で?担任はどうなったんだい?」
「副担任の大亮に任せたよ、あいつなら俺のことも、生徒のことも判ってる」
「結局そうして逃げるってワケか」
流人の表情は呆れるような顔になった。
「仕方ないんだよ、あんまり周りが騒ぎ出すとこっちも大変になる」
「……周り」
詮索するような目つき。昔から―――これには弱かった。
「PTAってヤツだよ。まぁ、どっちにしろ俺の立場はないがな……職員にも生徒にも、俺に味方してくれる人はいないだろうから」
「そう決める事はないのに」
「いや―――決まってるよ。今のあの報道を考えれば、どれだけCEが大変なものか……生徒もみんな知ってるだろう。秋野がこれからどうするかはあいつに掛かってるけどな」
「彼を放って自分だけ辞めるって?」
「……辞める事がいいことだとは思えなくってね」
岩杉は堪らず席を立った。
「お茶ありがとう。そろそろ帰らないと、あいつらと会ったら困るだろう」
「それでいいんですか?……諒也君」
「――少なくとも、俺にはね」
店から出て、静かな裏道を歩き始めた。人通りが少ない為、自らの足音も聞こえる。すぐに駅に戻って、緑谷駅までの切符を買って、改札を抜けた。
 見慣れた駅――もう何年変わっていないだろうか。
 神奈川から東京へ移って来てからもう18年になるが、この辺りに出入りするようになったのは高校に入ってからだ。その時流人に会って、何度も訪れるようになった。電車代が掛かるのは否めなかったが、彼と話せるだけで充分だった。

――電車の窓から見えるその風景も、ほとんど変わってはいなかった。


      *

「くるちゃん」
不安そうな詩杏の声を聞いてから、胡桃は思わず身体を硬直させた。
「…………何で、だと思う?」
「そりゃ……責任問題、ってヤツか?」
「何で辞めるんやろ」
力強い声だった。どちらも辛くてしょうがないはずなのに、全くそれを感じさせなかった。
「ダイスケじゃなかったら、許せなかったな」
「……それはそう、なんやけどね、くるちゃん」
「でも、しょうがないかも知れねェじゃん。俺らが勝手に嫌だ嫌だっつっても、どうしようもないことって可能性もあるだろ。それにCEのことは大人たちみんな知ってやがるし、先生があのまま居座ってたら、もっとすごい問題になってたんじゃん」
「せやけど!生徒は嫌がってんのに」
「嫌がってないヤツもいるかも知れねェだろ。このクラスだけじゃなくって、他の学年とかだって。いて欲しくはねェけどさ」
 胡桃にはこの事態を落ち着かせることなど出来なかった――自分が嫌がっているのは尤もなことだし、そもそもその気持ちのまま詩杏を抑える事など出来ない、それも判っていた。
「霧島」
「……何?」
「先生が人殺したコトあるって、言ってただろ」
「……うん。それが?」
「やっぱりそれも、関係あんのかと思って」
「かっ、関係あるワケないでしょ!?だって……だって、ずっと昔の話やんか!先生が中学の頃やって」
「だからだよ」
胡桃は立ち上がり、窓を開けた。風が入るかと思ったが、大して変わらなかった。今度はクーラーをつけに行った。
 胡桃が帰ってきてから、詩杏はまた話し始める。
「……そんなん、関係ないよ」
「校長はそのコト、知ってるだろ。それをネタに迫ったかも知れねェじゃんか。先生、それを弱みにつけられてさ」

――パシッ。

胡桃の脳天にいったいどこから出したのか、ハリセンが直撃した。
「痛ェっ!」てっきり詩杏が叩いたのかと思い、犯人の姿を追う。「だっ……ダイスケ!いたのかよ?」
意外にも犯人は結城大亮だった。彼はハリセンを白衣のポケットに仕舞うと、小さめの声で話し始めた。
「いたのかよ?じゃないっつの。大体、こんなトコでそんな重大な話をするな。諒の事件はそんな大事にはなってないんだよ、実際問題」
「……諒?」
何故略称で呼ぶ?普段彼らは名字に「先生」をつけて呼び合う仲ではなかったか。
「あ、いけね……とにかくHR始めるから席戻れ」
結城は教卓に戻った。
「何だよ、ダイスケってば」
「何か隠してる」
「……明らかに」
詩杏が席に戻り、周囲のクラスメートたちがみな席についたところで、ようやくHRが始まった。

 その放課後。胡桃が結城大亮の腕を掴んで放さないこと数分、彼はようやく諦めて話を始めた。
「……何なんだよお前なぁ……僕をいじめる気か?」
結城が窓にもたれる。
「いじめてねェって。で、ダイスケと岩先の関係は?何か怪しい関係?」
「バカ言うなよ……僕と諒がそんな風に見えるのか?」
「見えないから訊いてんだよ。ダイスケ、答えなさい」
「はいはい。僕と諒は中学高校の同級生。ほら、何ら奇妙しくはないだろ?以上。じゃあな、僕は帰るから」
結城はいきなり立ち上がってその場から去ろうとする。が、健闘空しく胡桃に白衣の裾を掴まれて終わる。
「退場早い!まだここに居ろぉっ」
「教師に言う言葉かっ!」
「ダイスケがタメ語でいいって最初に言ったんじゃねェか。岩先は何も言わなかったけどまぁ、暗黙の了解?」
「……あーあー判ったよ。じゃあ何、今度は何を話せって?」
さすがの結城も投げやり気味に返答する。
 胡桃は自信たっぷりに尋ねた。
「どこの中学?」
「…………それ聞いて何になるの?」
「別に」
「青梅学園。はい以上」
「待てって。私立で殺人事件なんか起こして辞めずに済んだのか?先生」
尋ねると、結城は何故か黙り込んだ。理由は判らない。
「……藍田君」
「何?」
「CEがどれだけ恐ろしいモノか、知ってるんだろ?」
「冬雪は狂った」
「……そっか。確かに諒は辞める予定だったよ。さすがにニュースでも取り上げられたし、PTAも騒いだしね」
「充分大事じゃん。ニュースって」
胡桃が言うと、結城は何故か唸った。
「まぁ、そうなんだけどね……」
答えに詰まる理由は見つからない。胡桃が責め立てる。
「で、何で辞めずに済んだのか、それを知りたいんだけど」
「あぁ。それがね――ケンカ相手のほうが悪かったってコトになってさ。諒が勝ったけど、ケンカ売ったのは相手だった。それを周囲から聞いて、学校側が退学処分取り消したんだって」
「意味不明なんだけど」
結城は苦笑した。
「要するに勧善懲悪。相手が悪いから、諒は悪くないってコトになったワケ。まぁ、これはさすがの諒も怒ったけどね。あぁ見えて諒って結構感情の波激しいんだよ、覚えときな。ご機嫌取りは難しいから」
「…………いつ会えるんだよ」
「さぁ、近所に住んでるんだろ?会いに行けばいいじゃん」
「気付いたら引っ越してた。空き部屋化」
「あ……そうなんだ。僕も聞いてないや、あいつめ黙って行ったな」
本当に悔しそうな顔をした結城は、「ま、そういうコト」と言い残して帰っていった。今度はさすがの胡桃も止めなかった。
 これからどうやって過ごせばいいのやら――今はとにかく、冬雪が学校へ出てくるのを待つよりなかった。

      *

 結城大亮が職員室に戻ると、突然声を掛けられた。
「お疲れ様、結城君?」
 慌てて振り返る。そこに居たのは理科の幸原美桜だった。肩まで下ろしたブラウンの髪が、彼女が動く度に揺れる。
「! 幸原先生……っと、」
「気にしなくて構わないわ。誰かに捕まってたの?遅かったじゃない」
幸原は自分の椅子に座った。結城もその隣の――自分の机――に着席した。
「あぁ……スミマセン、ちょっと生徒に質問されてたものですから」

――素直に答えるワケには行かず、嘘を吐く。

「そう。数学はこっちにも関わるんだからね、ちゃんと教えといてよ?」
幸原は――……それに気付いているのかいないのか、よく判らない。
「はい……気をつけときますね。秋野君が次満点取れるように」
「…………別に、学年トップの子ばっかり気にしなくていいと思うんだけど。寧ろその逆を気にしてよね。最近成績落ちてるみたいだしー……もう、受験前だって言うのに。ねぇ結城君、貴方のクラスは大丈夫?」
「貴方のクラスって……言っても、飽くまで諒の……岩杉先生の持ってたクラスですから、僕は後任で――」
「今は貴方が担任でしょ?でも岩杉君てば、ホントに辞めるとは思ってなかったのになー……ちょっと残念だわ」
幸原はやけに乙女チックな仕草をして言った。もう40代だが、20代ではないかと思うほどの美人なだけあって、似合ってしまうのが怖い。
「残念?」
結城は何となく聞き返した。
「やーね、ちょっとは気にしてたのよ。歳が歳だから全然、話にもなんないけど」
幸原は楽しそうに笑った。こんなに楽しそうに笑っているなんて――……何だか、似合いそうで似合わない。
 結城は軽く挨拶をして、自分の仕事に戻った。

      2

 ハンバーガーを食す藍田胡桃のすぐ目の前で、彼は無言でページをめくり続ける。伸びた髪を後ろで束ね、いつも掛けていた銀縁の眼鏡はシャツの襟に引っ掛けている。その姿は彼の小学校時代を思い起こさせた。
 胡桃は堪らず尋ねた。
「……お前、何読んでんだよ?」
「何って、見れば判るじゃん」
「判るけどさ」
その表紙に書かれたタイトルは『夢幻紀行』、作者は佐伯葵。ハードカバーの分厚い本だ。確か、最新刊。
「まさか、オレが葵の本なんか買うワケねェだろ?見本だよ見本、葵の本棚から掠め取って来た」
「だから、何でお前がそんなの読んでんだよ」
「まぁそれには深いワケがありましてね?」
彼はくすくすと笑った。
「葵がどれだけオレにデフォルメ入れて書いてるか、酷いコトさせてないかって言うのを監視」
「監視、って……いくら紀屋楓季がお前モデルにして書かれてるっつっても、そんなことする意味ねェだろ」
「今後こういうことをさせないように、って忠告するんだよ。判ってないなぁ、くる」
彼は呆れた顔でわざとらしくため息をついた。
「何なんだよお前は全く……そんな調子で警察とも話したりしてねェだろうな?」
「…………胡桃はオレをバカにしてんのか?」
「してねェよ。ただ、お前の発言から行けばそうなるかなーと」
「酷いなぁ」
そう言った彼はまさしく、数ヶ月前に大事件を起こした張本人、秋野冬雪。今は校長の『ご指導』で、学校では夢見月と名乗らされている。実際は現担任の結城大亮が、割と融通を利かせてくれているが。

 胡桃はハンバーガーを食べ終え、コーラで喉を潤した。
「ところで胡桃はどうすんの?高校ー」
「は……何でいきなりそっち行くんだよ」
「別にいいじゃん」
「どう、っつってもさ……」
確かに今は家に帰ってもずっと勉強させられる状態だ。ほとんど勉強しないでも良い点を取れる天才肌の冬雪とは違う。
「オレだってそんな、条件良いわけじゃないんだよ、判るだろ?」
「そりゃーな……3年の夏に人殺して推薦取りましたって訳にゃ行かねェよな」
「人目につくとこでそういうの言わないでくれよ?」
「お前がそういう話題作ったんだろーが!でも普通に受かるだろ、お前は」
「……どーだかね」
 確かに彼は夢見月の出だし、夏に人は殺している、他にもいくつか気になる点はある。それを理由に不合格にされるような事があったら、彼も堪らないだろう。

 小学校の時分に彼が良い思いをしてこなかった事を、胡桃は多分、一番よく知っている。幼い頃に精神を患った所為で、低学年の頃の彼は到底使い物にならない状態だった。胡桃は近所だからという理由で付き合ってはいたが、それでもあまり心を開いてはくれなかった。多分それは家族に対しても同じで、その所為で弟の鈴夜は彼に敬語を使うようになった―――どこまでも他人行儀な彼に失望してのことだろう。
 担任が彼の事を煩わしく思っていたのも事実だった。友人を作れないことに一番悩んでいたのは、恐らく彼自身のはずなのに、大人ばかりが彼のことで悩んでいた。彼は時が経つにつれ次第に調子を取り戻して、高学年になる頃には既に復帰していた。していた、のに。

――母親が亡くなった。

 それからしばらくの間、彼は学校に来てもボーっとした状態のままでいることが多かった。葵と梨羽が来てから、彼もようやく落ち着きを取り戻したようではあった。

 中学に上がってすぐ、担任に呼び出された。その時の彼は確か、物凄く怯えていたような気がする。多分、怒られると勘違いしたからだろう。実際は彼の今後について話しただけで、その時から彼はその担任だけを『先生』と呼ぶようになった。

「…………ったく、世話が焼けるよな」
「オレのこと?」
冬雪はきょとんとした顔で訊き返してくる。精神年齢が幼いのは幼少期に成長しきれなかった所為だ。と、胡桃は勝手に決め付けていた。
「当たり前だろ」
「やだな、くる――親みたいにさ。オレはもうただの子供じゃないんだよ」
「?んだよそれ、誰かの受け売りか?」
「まーね。でも―――……そう考えてないと、落ち着かないから」
やけに静かな口調で、彼は言った。胡桃は慌てて別の話題を作った。
「で、さ、冬雪」
「何?」
「銃、どうしたんだ?お前、倒れたんだろ?そんで……」
凶器が不在だったお陰で、彼の虚偽の証言が通ってしまったのだから。銃は相手のものを奪った、正当防衛だ、と。
「阿久津が片付けてくれたんだ。あいつ、結局オレに味方してくれちゃったし。ホントは敵なのに、さ。でも多分、オレが捕まればあいつも引っ張り出されることになったと思うよ。だってほら、オレあいつと学校ですごい話してたし」
「……それもそうだよな」
「だから、助けてくれたのかも知れない。自分の身の安全を確保する為に。でも――それでも構わない、結果として助け舟になってくれたから」
冬雪は本を閉じて、ミルクティーを一口飲んだ。そして、屈託のない笑みを浮かべて、言う。
「それがホントに助け舟かどうかは、オレには判断できないけど、ね」
自分が何をしたのかわきまえているからこそ――……彼はそんな発言をした。


そんな発言をして、数日だった。


彼が下校時に車に轢かれたなどという話が、胡桃の耳に入ったのだ。

何度となく襲われて助かってきた彼なのに――……意識は全く戻らなかった。

(死なない、絶対――……そんな事は、ありえない)

胡桃がいくら祈っても、彼の調子は戻らなかった。


いつの間にか春が来て、彼は都内の大きな病院へと移ってしまった。

見舞いに行きたくても、行けなかった。

行ってもつらくなるだけで、お金も減るだけ。


――そして、また夏が来た。

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