形と探偵の何か
Page.23 「日常の崩壊」




      1

――朝が、来た。

南向きの窓からは東から昇った太陽の光が燦々と入ってくる。冬雪はそれに刺激されて珍しく目を覚まし、上体を垂直に起き上がらせた。
「…………」
起き抜けの彼は何かと不機嫌であることが多い。それは他人に起こされた不満と、もう少し寝たいという欲求に因るものなのだが、今日はそのどちらもなく上機嫌だった。今日は日曜日、久々の休日だ。
 冬雪はまず、床に散らばった服から適当にTシャツと色の薄い綿パンを選び、着替えた。それから、深夜にメールの入ることが多くなった――しかしその音くらいでは目覚めない――携帯電話を見た。時刻を見るというついでの用事もある。
 現在時刻は午前7時、メールが1件入っていた。
「……またかよ」
葵は今家にいるから、今日も雪子からの連絡だ。ここ数日はこれといった大きな連絡もなく、平穏無事に過ごしていた。
 メールを開く。内容は相も変わらず――……訃報だった。
「舞香?事故だぁ?」

――亡くなったのは春崎舞香。これでついに、春崎家が無くなった――。
 彼女は車の運転中に事故に遭ったという。殺された訳ではないが、どちらにしろ春崎の名は消えたのだ。
「…………Stillがどう出てくるか、だな」
冬雪は待ち合わせをしようと胡桃宛てにメールを打ってから携帯電話を再び机に置いて、部屋を飛び出した。

      *

――いつもと同じ、朝だ。

 藍田胡桃はカーテンを開けながら思った。普段なら、自分のやりたいことをやって、自分のやりたいように過ごすはずの日曜。しかし今日は、そういう訳にはいかなかった。
 携帯のメール画面を開いた。新着メールは2件。1通は昨夜出掛けていた親から、もう1通は冬雪から。放課後での1件があってから、胡桃は冬雪にメールアドレスと番号を教えてもらった。
(持ってるなら教えろってーの)
『一緒に日本人形行って話しなきゃいけないから、問題なければ10時にうちに来て』
 どうやら、この事態には流人も関わっているらしい。胡桃はパジャマのまま部屋を出て、1階のリビングへと向かった。

 約束の10時。胡桃は秋野家の門の前で、静かに彼の登場を待っていた。いくら寝坊症の彼でも、朝っぱらからメールを送ってきたくらいだから時間通りに出てきてもらわないと困る。
 胡桃が時間を過ぎたことに不満を覚え始めた10時3分、ついに玄関の扉が開いた。
「冬雪!遅ェぞ」
「悪い悪い、葵がうるさくってさ」
「言い訳は時間の無駄。行くぜ」
「うん」
もう4月も終わる――、冬雪は長袖と思われる水色のTシャツにジーンズのジャンパーを羽織っていた。鞄はいつもの黒い便利そうなデイパックだった。南風が彼の髪を揺らす。
「――今後どうなるか、ホントに判らない」
「あぁ」
胡桃は訳も判らず相槌を打った。冬雪は続ける。
「なるべく、誰も死なないようにしないといけない」
「当たり前だろ」
「――それが出来るに越したことはないんだけどさ」
ふにゃっとした笑い方をした冬雪は、いつにも増して悩ましげだった。さすがに、命の危険が迫っているとなれば誰だって悩むだろう。胡桃だって、多少はその辺のことを考え始めていた。
「香子の家族がみんな消えた。こうなったら、あいつらがどう出てくるかが問題になってくるんだ」
「娘、消えたんだ?」
「そう、事故だけどね。ま、どうせ慌ててて運転間違ったんだろうけど。とにかく、標的がこっちに向かないうちに何とかしなきゃ」
「春崎って、悪ィヤツらなんだろ?消えてもらって良かったんじゃねぇの」
「まぁ、世間的にはね」
冬雪は嫌な笑みを浮かべた。
「…………お前も夢見月、か」
「何が?」
「何でもねぇよ」
「胡桃は、オレのことどう思ってる?」
「は?そりゃ、普通に――」
普通に、何なのだろう。ただの幼なじみか?10年以上共に過ごしてきた、ただの悪友か?それだけではないはずなのに――判らない。

 冬雪が夢見月の人間であると知った時、胡桃はショックを隠せなかった。彼には悪いと思っている。何より、メディアを通じて得ていた情報が先走って、様々な勝手なイメージを作り上げてしまっていた。しかし冬雪の存在が、一般的に知られている夢見月のイメージと外れていることに、当時の胡桃は安心感を得ていたのかも知れない。
「まぁいいや。オレも夢見月には違いない。それだけ判っててもらえれば」
「………………」
「オレが何やらかしても、何も奇妙しくないんだ。ホントはオレは、良い人間なんかじゃない。絶対的に見て、悪い人間だから」
「今から、今から決めなくてもいいじゃんかよ。お前が地獄に落ちるか天国に行くかは、これからに掛かってると思うぜ?今から決めなくても、そんなの――」
胡桃は必死に、彼を庇っていた気がする。でも冬雪はそれを拒んだ。
「決まってるんだ。これからどうなるかは、もう目に見えてる。今はこうでも、オレはきっといつかまた人殺しになる。逃れられないんだ。その衝動が来たら、もう誰にも止められない」
「どうしてそんなモンが決まってるんだよ?何で決まるんだ?そういうのさ」
「――CE、で」
「CE?」
聞いたことのない言葉だった。
「うーん……なんつーの、『教育』?そういうマニュアルっぽいのがあって、すごく小さい頃に教えられる。人の殺し方とか、銃の扱い方とか、その他諸々。ま、社会に出て何一つ役には立たないだろうね。特に、夢見月のやり方だと」
「そんなのがあるのかよ?」
「ある。少なくともオレはそれを受けてる。別にそれをどう思っていたわけでもないけど、一種の洗脳だよね。結果的にはそう思える。どう?夢見月家によって洗脳された人間。怖いだろ?」
「……怖かねェよ、んなモン」
胡桃は、同意を求める冬雪に反対した。そもそも何故冬雪は、同意を求めるのだろう?自分を悪人だと、悪党だと認めて欲しいのだろうか?それは――……妙だ。彼は、それを望まなかったはずではないか。

「今更お前のコトなんか、怖いも怖くないもあるか」

敢えて胡桃は冬雪を突き飛ばす。どう反応してくるか、それが問題だった。
「じゃあ今ここで突然拳銃出して、胡桃に突きつけても怖くないって言えるか?」
「は?」

 何を突然、言い出すのだろう―――。
胡桃が一瞬戸惑った、その時だった。

「な」

 目の前に見える物体は、何だろう?胡桃は理解に苦しんだ。その向こうで、冬雪は寂しげな顔を見せる。本気か、否か。胡桃に答えは見出せなかった。
「――ね?怖いと思わないか?自分が殺されるかも知れないって思ったら、絶対怖いよ。それは相手が誰であろうと、変わらない」
「お前、」
「――バン!」
冬雪は急に叫んで、それを上に引き上げた。胡桃は驚いて一歩引き、冬雪は楽しそうに笑った。
「お、驚かせんなよ!!吃驚すんじゃねェかっ」
「だから言っただろ?そういうモンだよ」
 やられた、完全にやられた。説得されてしまったら元も子もない。今の胡桃には、冬雪に反抗する術を持たない。冬雪はそれをおもむろに鞄に仕舞った。
「……それ、本物なのかよ?」
「うーん、使えるって意味では本物のハズ。試したことはないけど」
冬雪は首を傾げ、耳の後ろを掻きながら言った。
「――本物、か」
胡桃は一瞬驚き、そして、
「犯罪じゃねぇかよ」
「だから言ったのに」
と冬雪の表情を一変させた。どうやらふてくされているらしい。
「とにかくお前、冗談じゃないってことなんだな?それが言いたいんだろ?」
「…………要約すれば、そうかな」
冬雪は目線だけをこちらに向けて、小さな声で呟いた。
 緑谷駅は、もう視界の中に飛び込んでいた。

      2

 Still東京本部、3階中央のエントランスホール。ガラス張りの壁から、外の風景が見渡せるようになっている。そこに置かれたソファに、3人の人間が座っていた。
「なるほど。春崎が消えた訳やなァ?」
制服姿の阿久津秀が自動車雑誌のページをめくる傍で、自称カンの男が携帯電話を見ながら呟いた。
「じゃあ舞香は誰に殺されたんです?」
菅沢来駆が緑サングラスの彼に尋ねた。
「殺されたんやない、事故。単なる自動車事故や。それで問題は、これからどうして行くかっちゅうことなんやけどな?おい、秀君も参加」
「――はい」
秀は雑誌をガラステーブルの下に取り付けられた棚に仕舞った。
「今ンところは、季本を中心に攻め寄ってる訳や。現在、香弥、弥助、遊桃の3人が死んでる。で、子供に残るは香遊、遊弥、遊介の3人。うーん、難しィな。最年長は13やねんけど、どうする?父親先に殺っとくか。それでこの3人、それで桃香。世代交代されたら堪らんからな、桃香は絶対最後やで」
「はい」
「まぁどっちにしろ、桃香を殺せば後はその他大勢や。夏岡、秋野、冬村――あの屋敷に住んどるのは冬村の人間。結局3人こっきりやろ。問題は夏岡と秋野やねんな。俺状況知らんねんけど、どうなっとん?この辺」
 カンに突然尋ねられた来駆はしどろもどろになって答えた。
「夏岡は夫婦と子供2人、秋野は子供1人のみです」
「子供1人?何で?」
「親はどちらも以前に亡くなっていて、弟がいましたが先日Y殺しに殺害されました。それで残っているのが――秀の同級生で、」
「同級生!何たる偶然、いつでも殺せるやないか!」
「それは無理です。学校内で殺人事件が起これば、絶対生徒と教師が疑われるんです。すぐにばれますよ」
秀が冷静に否定した。
「そうか――」
残念そうにするカン。結構、言うことは行き当たりばったりらしい。
「しかしなァ、秀君の同級生となると、まぁえらい事になってまうんやけどな……」
「えらい事、って?」
来駆が不思議な顔をして尋ねた。
「あーいや、こっちの話、気にせんといて。そうか、子供1人な……うん、楽は楽やな。ただ秀君と同い年なると、14やろ?中3か。何か秋野は嫌な予感すんねんけどなぁ」
「あいつ、ああ見えてなかなか切れますよ。そう簡単に突破できるような相手じゃないと思いますけど?」
「ああ見えて?」
「簡単に描写すれば馬鹿っぽい子供。でも頭は非常に良い――何でも学年でトップらしいです。受験も最高クラスの高校へ推薦狙えそうだとかで、余裕綽々の天才肌」
「…………そういうの、逆に怖いわな。でも秀君かて成績ええんやろ?」
「それなりですよ。期待しないてください」
「あ、そう。その人の顔見たことないねんけど、どんな感じ?」
カンは質問攻め対象を秀に変更したらしい。秀は回答を始めた。
「髪色は薄茶、瞳は青紫、夢見月としては亜型。髪型としては全体的に長め。垂れ目で、適確に表現するなら龍神森冬亜似の顔立ちです。銀縁眼鏡、背は150cm台。小さいだけあって動きは俊敏ですから、ナイフで襲うのは不向きな相手でしょう」
「龍神森冬亜か。なかなか整った顔ってコトやな」
カンは全く差し障りのないところを選んでコメントし、笑った。
「あそこまで似てる人も少ないですよ」
秀の正直な感想だった。勿論、秀の記憶の中に、生きていた頃の冬亜の顔はインプットされていない。生まれた年に死んだ人間のことなど、知るはずもない。それでも、顔だけは知っていたのだ。それだけ有名だという証拠だろう。
「何や、そっくりさんか!なるほどな、何となく判ったわ。後はデータベースで調べれば完全に出てくるやろな…………うん。さてと、今度は夏岡の話に移ろか」
カンはそう言って、資料をべらべらとめくった。
「――夏岡雪子、現在41歳。職業は美容師。その夫が達樹、42歳。娘が2人か。どっちも女子高生やな、うん。住んでるのは練馬……遠いな。まぁしゃーないか。で?2人は何か知ってることとかあるんか?」
「いえ」
「ありません」
2人は異口同音に答えた。カンは残念そうな顔をして、「あ、そう」とだけ言った。
「さてと―――……どうしよか、まず。最初に季本で行くか?あの屋敷から行くか」
「しかし、桃香を殺せたとしても世代交代するとなれば夏岡や秋野から次期当主が出されますよ?」
秀はその来駆の発言を止めたかった。何故?秋野冬雪は敵だ。味方ではない。しかし何より、彼を殺せそうな気がしないのだ。彼を殺そうとしても、彼はひらりと身をかわして、こちらを見てニヤリと笑う――そんな映像がリアルに頭の中に浮かぶ。
 するとカンが急に、堰を切ったように早口で喋り始めた。
「家々を潰すことが目的なんか、夢見月そのものとして見るか。確かに夏岡や秋野や冬村は本家やない。しかし、夢見月の一部やな。春崎が消えたからって、何も騒ぐことはなかったはずや。それなのに、みんなそんなことで騒いでしもた。そもそも、そんな呼称を使ったからあかんねん。夏岡とか秋野とか、そんなん関係あらへん、そっちのが判りやすいとか考えたらあかん、みんな夢見月や。見分けるのは名前だけで充分やがな。ええな?2人とも。絶対に統一すること」
「判りました」
「よし。それじゃ屋敷のやつらの前に、その他大勢から行くか――」
 とんでもない展開になってしまったことを、秀は心から悔やんだ。新しく秀と来駆を統率することになった、カンとかいう男の所為で。

      3

「だって、絶対変やもん!!」
中から、少女の叫び声が聞こえた。冬雪と胡桃は顔を見合わせる。
「霧島?」
2人は同時に答える声をダブらせ、その店の扉を開けた。
 中に居たのはカウンターに座る店主・流人と、店主と話す位置に立つ詩杏。さすがに岩杉は居なかったが、詩杏が居るとなるとあの話は出来まい。
「どうしたんだよ?霧島」
胡桃がまず尋ねた。
「…………関係、ないよ」
「ちょっとくらい教えろよ、ほら、相談相手だと思って」
「バカっ」
詩杏が泣き顔で叫ぶ。
「あ」
胡桃は絶句した。
「言われちゃったなー、胡桃?」
冬雪が胡桃を冷やかす。その場が静かになった。
「――……ゴメン。また明日ね、ふゆちゃん、くるちゃん。流人さんも」
「あぁ――大して力になれなかったが」
「ううん。それじゃ」
詩杏はそれだけ言って去って行った。店内はしばらく静寂を保っていた。
「…………2人とも?」
「は、はいっ」
「まぁ、状況が状況だったからね。彼女も大変なんだよね」
「は?」
「お兄さんの様子が奇妙しいって来たんだ。で、そちらのご用件は?」
流人は説明をそれで終えて、2人に説明を求めた。
「久し振り。弟殺したヤツも殺されちゃったしってことで――……そろそろ、本格的にやつらが襲ってくるから、どうすればいいかと思って」
「……そっちも真剣だね。命の危機か」
冬雪の回答に、流人は溜息交じりに言った。
「ここで放火事件があったでしょ?その犯人はもう全員死んだ。こうなるともう確実に、オレとか雪子がターゲットになる」
「そうなることは避けられない。となれば、身を守る方法を考えることだよね。追いかけっこだからね」
「金髪少年は来た?」
「いや、あれ以来来てない。あれで事足りたんだろうね。君に情報を漏らしたことも彼は知らないだろう」
流人は笑顔を浮かべて言った。
「……それ、かなり危ないから絶対言わないでね」
「あぁ、大丈夫だ。で、何を話しに来たんだ?」
「Stillについて、何かわかったことある?」
冬雪が尋ねると、流人は少し考えるようなポーズをとってから答えた。
「――大したことはないよ」
「そっか」
「兎堂君の見解では、彼らは夢見月家に対して恨みを持っている。それで陥れようとしていると」
「うん。その恨みがどこから来てるのか、っていうのが判らなくて」
「それなら――」
流人は僅かに微笑んで、答える。
「――CEのことだろうな。あれに対して、彼らは恨みを抱いている。なぜかといえばその効用だね。あの所為で、彼らは人生をメチャクチャにされた、それはCE制度を作った夢見月家の所為だ、というところへと到達させている」
「それじゃあ……そいつらって、CE受けてる人、ってことになるのか?」
「なるね。まぁその一部、ってことだけど。勿論、CEを受けていても彼らと全く関係を持っていない人間は沢山いるからね」
流人はまた、笑った。冬雪は不思議そうな顔をする。胡桃はその様子を眺めながら、色々と考えていた。
「流人、それ全部兎堂って人からの情報?」
 冬雪の何気ない問いに、流人の表情は急に硬くなった。
「……全てじゃない。ごく一部だが――……個人的に知っていることもある」
「ど……どういうこと?」
「俺も聞きたい」
胡桃も話に参加していることを強調する。流人はゆっくりと答えを紡ぎだす。
「――いいかい?ちゃんと話を聞いていてくれ。ボクと岩杉さんの関係は既に25年になる。まぁ、間にブランクはあるけれども、それだけ長く付き合っている訳だ。となれば、彼についても多く知っていることがある。ここまではいいね?」
「……うん。先生が何で関わるのかは判んないけど」
「すぐ判るさ。彼のお姉さんが、冬村梨子さんなのは知っているね?」
「誰?」
話を中断する胡桃の問いに、冬雪がすぐに答えを述べて、また話は再開された。
「――彼女が夢見月家へ嫁ぐことが出来たのにも既に訳がある」
「訳?そんなのあるのか?」
「そう――理由。彼女も岩杉さんも、2人ともCEを受けている。2人はそれをちゃんと認識していないと思うが…………まぁ、CE享受者、それが条件だ」
「先生が?」
2人の間に衝撃が走っていた。冬雪と胡桃はまた顔を見合わせてから、何かを求めるように流人のほうを見た。
「ボクは何も、嘘は言っていない。君たちと付き合い始めてから、何一つね」
「……?」
訳が判らなかった。それはそうかも知れないが、いったいどの辺で話と関わるのかが判らない。
「でもここで君たちを信じて、1つ重大発言をしてあげようか。あ、CEとはあまり関係ないけどね。ボクは元和の世に生まれた――およそ400年前、かな。君たちの知る江戸時代、まだ初期かな?うん。それだけ長生きしているとなれば明らかに人でない」
「――……?何言ってるの?」
話はまだ続く。流人の口調は段々と古風な物へと変化してゆく感じがした。理解できないレベルにまで達する前に止めなければ、と胡桃は何故か考えていた。
「10代も半ばの君たちが信じてくれるかどうかは判らないが、私は確かに人にあらざる者。諒也君の意見を借りるなれば、何の違和感も感じないと言われる。しかし元々人間離れした風貌ではない上に、それを更に隠して化けているのだから当然だ。それに様々なリスクが伴うとしても、私には人から隠れて生きることは出来ない――本能的にね。元々人と共存し里へも下りるし、山や森を守ってきた種族だ、自分を犠牲にしてもいい。鬼とは呼ばれていたが、今考えれば妖精に近いのかも知れない――うん、結果論で言うなれば、ボクは妖怪だ。紛れもない、人とは違う」
最後には元に戻って笑ったが、いきなりそんな話をされて信じられるほうがすごい。魔法の存在する世界とは違う。これはファンタジーではないのだ。
「――先生はそれを知ってる?」
「勿論知ってるさ。言っただろう?彼とは25年も付き合っている――ボクの今の風貌からしたら、25も引いたらどうなる?一桁にしかならない。実質戸籍上では35だけれど、それでも10に過ぎない、当時のボクは大学生くらいの容姿だったかな。それと、君のお母さんと、雪子さんも知ってるよ」
「え」
冬雪の動きは一瞬にして止まった。
「彼女たちが幼い頃に会った――まだここに住んでいない頃だけどね。先日雪子さんがここに来てね。いろいろ話を聞いたけど――……やっぱり大変だな」
「……同情してもらわなくても、いいけど」
「いや、同情じゃない――ボクにも判る。当事者とは言えないが、それに程近い存在だ。守らなければいけないのに、関わることが出来ない――……ボクとの間には、壁が存在しているんだ」
「誰のことを守るの?」
冬雪の素直な問いには、流人は答えずに微笑んだ。
「?」
「――いずれ判るさ」
「ふぅん?」
冬雪がよく判らない、という風な顔をした、その時だった。

      *

――……ギ、ギィ。

「ん」
扉が開く音が聞こえた。まだ、開けた主は入ってきていない。誰だろう?ただの客だろうか。
「ルー、いる?ちょっと遊ばせて……あら、お取り込み中じゃん」
現れたのは黒髪ポニーテールの女――20代後半から30代前半。
「ミカコ。構わない」
「構わなくないよ。あたしなんかよりお客さん優先。ルーの一存で決めちゃいけないの。あたしは謙虚なレディだから」
「どこが謙虚なレディだ。ミカコも客の1人だろう?ここに住んでないんだから」
流人はミカコとやらの発言を全て否定し、入るよう薦めた。
「悪いね、秋野君、藍田君。自称謙虚なレディが邪魔するかも知れないけど、大目に見てやってよ」
「自称って、どっからどう見ても謙虚なレディじゃない。邪魔って何?」
「はいはい、その話は終わり」
流人はミカコの腕を引き、店内に無理矢理引き込んだ。唖然とする冬雪と胡桃の横で、流人は笑顔で彼女を紹介した。
「コレは三宮未佳子、一応だけどボクの妹」
「コレって何よ、コレって」
「妹!妹居たんだ!初耳ー」
冬雪が喜んで笑った。胡桃は彼女を眺めた。
「何か照れるよね」
ミカコはそう言ってフフと笑った。お世辞にも2人は似ているとは言えない。ただ、仲が良さそう――ケンカするほど仲が良い、か?――なところは見ていて飽きなかった。
「で、何しに来たんだ?ミカコは」
「あたしはただ、暇つぶしに来ただけ。っていうか、遊びにかな。この子たちはルーの友達?可愛い」
「可愛いからって食うなよ。友達、だね。岩杉さんの生徒」
「食べないわよ。そうなんだ」
ミカコはこちらを見て笑った。冬雪と胡桃は顔を見合わせて笑った。
「もしかしてさぁ、ルー?この子たちがその、銃売ったって子?」
するとミカコは突然、とんでもない話に持っていった。
「半分ビンゴ。茶髪の子が夢見月」
「どーも」
冬雪が小さく挨拶をした。
「………………可愛い、可愛いよ」
ミカコは大げさに驚いた顔をしながら言った。流人がそれを茶化す。
「だから食うなって言ったんだ」
「あたしをルーと一緒にしない!」
「ボクは人食わないって知ってるだろう!」
「ほんの冗談よ。ルーってば本気になっちゃって」
「………………・わ、訳が判らないな?」
「ほら、逃げる。こういうヤツよ、ルーってのは。覚えといてね」
ミカコは2人を見てにっこりと笑いながら言った。正直、驚いた。
「ところでこの子達、名前は?」
「オレは秋野冬雪。こっちは藍田胡桃」
「ふぅん……やっぱ最近の子は凝った名前よね。そういえば夢見月の子って言ってたよね」
「そうですけど」
冬雪が素直に答えると、ミカコは笑顔を浮かべて話し始めた。
「あたしはCE受けてるの。ルーはうちに養子に入った時もう大人だったし人間じゃないから、次に生まれたあたしが受けたの。他に兄弟はいないけどさ」

――ミカコの笑い方はどこか寂しそうなものに変わっていた。

「ほら――……判っただろう?ボクが守らなければならないのはミカコだ。けれどボクは何より人間じゃない。CEのことも夢見月家のこともよく判らない。そもそもミカコにCEのことを打ち明けられたのはかなり最近だ。ボクに何が出来る?岩杉さんだって、秋野君だって、挙句の果てにはミカコすらそうだって言うのに!ボクはただ傍観者でいることしか出来ない」
「やだな、ルー。気取っちゃってさ。こんなの、当事者になったってしょうがないんだよ。いいんだよ、ルーは傍観者で。ね、君もそう思うでしょ?」
ミカコは冬雪に意見を求めた。
「――……オレは寧ろ、自分が当事者になってることが嫌だった。夢見月がどれだけ嫌われた存在かって、ずっと見せ付けられてきたから。何でオレがこんな思いしなきゃいけないんだって、ずっと、思ってたから」
「ほら見なさい、ルー!そのままでいいんだよ。そーやってみんなの味方しててくれれば、ルーの役目は果たせるんだよ。少なくともあたしは、そう思う」
ミカコは真剣な顔をして言った。流人は一瞬たじろいで、静かに頷いた。
「――……岩杉さんも交えて話がしたい。今度、取り持ってくれないかな?秋野君、藍田君」
「うん――いいよ。何とかしてみる」
冬雪は優しく笑って、その場を一気に和ませた。

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