形と探偵の何か
Page.17 「禁断の果実〜Still side」




      1

「至急だ。こいつを殺せ」
 黒スーツの男は、青年に一枚の写真を差し出した。写真に写っていたのは、セーラー服を着て笑う、茶髪を高い位置で結った少女。青年は写真を不思議そうに見てから答えた。
「? 何者ですか」
「ハハッ。知らないのか?夢見月桃香の娘だ。名前は遊桃。お嬢ちゃん、きっと贅沢な暮らししてるんだろうよ」
「ボス、しかし」
「しかし、何だ?殺せないとでも言うのか、菅沢?今や夢見月など名ばかりの存在だ。死んでしまえば後の祭り、いくら足掻いても無駄さ」
ボスと呼ばれた黒服男は、鼻で笑って見せた。現実には、夢見月家はまだかなりの力を持っている。簡単にあしらうことなど出来ない。
「この子を殺すメリットは」
「メリット?うるさい雑魚が減る。本命を簡単に探し出せるようになるな」
 彼らの本命――……夢見月桃香、現当主だ。目的は一家の滅亡、皆殺しにすること。それには『有能』ですばしこい若者が邪魔になる。まずはそれから消していくのが1番の良策なのだ。
「来駆、お前の叔父は奴らの味方についた。だから、その叔父――架(カケル)を唆した香子をまず殺したんだ、判るだろう?最終的には、あの桃香を狙うんだ。あいつを消すにはなかなかの準備がいる。その為には子供を消していくのがいい、それにはお前が1番役に立つ」
「叔父は彼らを憎んで、結婚に至ったんです。彼らを潰す為に、そのためだけに結婚したとぼくは信じていますが」
「いや、違うな。あいつは『恋』をしちまったんだよ。俺らには不必要な行為をな。だから、『お前は決して殺さない』なんて約束をしちまって、結婚に至った。来駆、いい加減に家族愛を捨てないか?あいつは敵になったんだ。それを早いトコ理解するんだな。それに今回の仕事は関係ない、受けろ」
「…………了解しました、ボス」
青年は会釈して、その部屋を出た。
――ドアのすぐ側には、事実上上司である金髪の少年が立っていた。

      *

「……ミッチェル、どうしたんだ」
「どうもこうもないさ。来駆を待ってた」
「それは有り難いな。友人面してくれるとは」
上司でも敬語など使わない。6つも年下なのだ。それでも何も言わないので、構わないらしい。
「それとミッチェルって呼ぶな。秀でいい」
「何言ってるんだ、どう見ても外人じゃないか」
「それは差別だ」
白人差別なんかないと思いながらも、青年は歩き出す秀に続いた。
「何で待ってたんだ?そういや、こないだの仕事は鮮やかだったな、『秀』」
「……わざとらしいな、その呼び方。褒めてくれるとは有り難う」
「ちぇ、ガキっぽくないな。ガキはガキらしくするもんだぜ」
「僕はもうガキって歳じゃないさ」
秀はエレベーターに乗り込んだ。来駆も続く。秀は1と書かれたボタンを押し、扉を閉めた。
「そうだ、ミ……秀。新しい学校は慣れたか?」
「適度に『慣れて』おいた。怪しい奴がいるから、まだ微妙だな」
「怪しい奴?何だそれ」
学校に怪しい奴も何もない。どういう意味なのか、来駆は笑いながら尋ねた。
「……判ってないな、来駆。夢見月は大人ばっかりじゃない」
「おいコラ、ちょっと待て、それって……」

――秀の通う学校に、夢見月の1人が??

まさかと思いつつ、来駆は導き出した答えに唖然とした。
「そう。まだ『怪しい』の域は出ないが、茶髪って時点でビンゴだと思ったよ。ブラウンかって聞いたら、カフェオレだって自分で言ってた」
「…………変な奴だな、そいつ」
来駆が正直に感想を述べると、意外にも秀はその感想を素直に受け入れた。
「そう、あまりにも変な奴なんだよ。夢見月のリストさえ貰えれば、一発で判るんだが」
「リストか。女?」
「……その根拠はどっから出てくるんだ?男だ」
来駆はそこで、今度のターゲットである可能性を消去した。
「名前とかは何だ?おれが推理してやろうか」
「来駆、推理なんかできるのか?秋野……秋野冬雪。字は来駆にも判るだろ?」
「失礼だなその台詞」

――ガーーッ。

エレベーターは1階に着き、2人は開いた扉から外へ出た。そして、そのまま玄関へと向かう。
「そうか?じゃあ最後の字、言ってみろ」
「樹、難しい方の木だろ」
「違う、雪だ。やっぱりダメだったか」
「雪…………あ、秋野っつったな、ってことは」
バカにされた来駆は他の台詞で誤魔化した。秀は溜息をつく。
 玄関の自動ドアが開き、ビル群の中へと入っていく。
「秋野、そうだ、秋野か!おい秀、夕紀夜って知ってるか、オイ」
「夕紀夜……家出したってアレか」
「もしかして、そいつの子供かも知れねぇぞ!オイ、きいてんのか、秀」
秀が急に止まった。
「うえあ、何だよ」
「……そうか、それだ!来駆、たまには役に立つな」
「お前、ホンットに一言多いな」
表情がないから余計である。今度は来駆が溜息をついた。

      2

 菅沢来駆、20歳。秀の部下ということになっている殺し屋だ。独りで『仕事』をするのは危険だと、秀が自ら『Still』にスカウトしたのだ。
 彼の叔父も、集団の1人だったらしい。しかし、十数年前に夢見月香子と結婚し、離脱していた。彼こそがY殺し、集団の中では1番有能な者だったと聞いている。
(今の僕には関係のないことだな)
 阿久津秀はその店のドアを開けた。
「……また君か」
店主が秀の姿を見て、呟いた。
「僕が来ると邪魔ですか?」
「君1人の為に違法行為をしてるこっちの事も理解してほしいものだけどね」
「仕方ないんですよ。僕らが今更、正しい道を進む事はできないんです。ところで、例の」
「その口振りまで悪党らしいものだな」
店主はそう言って笑い、一丁の銃を取り出した。
「ボクとしてはなかなかの出来だ。君の希望にはなるべく近づけたつもりだけど?」
「……軽いんですね」
「あぁ。軽量化を図ったよ、それで充分だと判断したが」
「充分です。お金は口座に振り込んでおきますから。それじゃ」
秀はそれを鞄にしまい、店を出ようとした。
「君は退場も早いね」、、、、
「それが普通ですよ、三宮さん」
秀が店を出て駅に向かっていく途中、ある人物とすれ違った。

――……秋野か?

あちらは気付かなかったらしい。秀は少し気にしながらも、すぐに家路についた。

      *

「おはよう、阿久津」
「おはよう」
相変わらずだ。秀が悪党なのを知ってか知らずか、秋野の態度は変わらず悪い。尤も、好かれて集られても困るのだが。
 秋野は「あ」と言ってこちらを見た。
「修学旅行の班、決めるらしいけどどうするんだ?」
「その時になってから決めるさ。班なんてどうでもいい」
「…………4日も寝食共にするんだぞ?」
「そんなことは判ってる」
だから何なのだ。この世界で生きる者に親密な友人関係など、有って無いようなものだ。それでもこの夢見月(仮)は、前の席の藍田胡桃を幼なじみとし、その他諸々の友人関係を築いている。馬鹿なものだ。秀にとっては、無駄なものでしかない。
「わ、宿題あったんだ、忘れてた……胡桃っ、ノート見せ……」
「今やってるんだよっ」
「げ」
「お前が自分でやったほうがはるかに速いと思うぜ」
藍田は軽く笑った。協力を拒まれた秋野は仕方なさそうに、1時間目の授業である数学のノートと教科書を開いた。今日の宿題の量からして―――間に合うのだろうか?
 横の席に霧島詩杏が帰ってくる。宿題に没頭する秋野を見て笑い、頑張ってね、とだけ言った。さすがと言うべきか、彼女は終わっているようだ。

 そして8分後、チャイムが鳴る。それと同時に、秋野は伸びをして「終了」と呟いた。

――終わったのか?8分で?

 既に始めていた藍田ですら、まだ何か書いている様子なのに。
(…………学業成績はかなり良さそう、ってところか)
秀は分析結果を加えて、数学のノートを開いた。
(そういえば)
昨日の人影は、秋野本人だったのだろうか?今尋ねても平気だ。まだ教師は到着していない。
 秀はそれを訊いた。
「昨日?うん、居たけど。え、何、何で知ってるの?」
「偶々見かけたから、そうかと思っただけだ」
「ふぅん」
(やっぱり本人だったか)
しかしあの方向は裏道だ。大した店もない、ただの住宅街で――。

――まさか、あの店に?

秀の脳裏に不安がよぎった頃、教室のドアが開き、数学の結城が入ってきた。

      *

「ご苦労だった、来駆」
「いえ。命ぜられた仕事を遂行しただけです」
「たまには達成感くらい味わっておけ。それと――……早速だが、次の仕事がある。今度は政治家だ、注意深く行けよ」
「……了解。お任せを、ボス」

 話を受けた来駆が部屋を出ると、そこには先日と同じく金髪の少年が立っていた。
「…………秀、おどかすな」
「別におどかしてるつもりはないんだが?」
「おどかしてる。何だ?今日は」
「カフェオレが夢見月なのが確定したんだ。時本に訊いたら喜んで頷いたよ、良かったな若って」
時本というのは、この組織内最年長の殺し屋だ。秀が前頭領の息子なのを知っている為、彼は秀のことを『若』と呼ぶ。
「はは、そうか。カフェオレって呼ぶことになったのかよ?」
「本人がどうでもいいって言うからな」
どうでもいいにも程がある。見たことはないが、本人も可哀想だ。
「それ、面と向かっ」
「言うわけがない。本人には名字で呼んでる」
何だ。それなら問題もないだろう。秀はエレベーターには乗らず、そのまま廊下を歩いていった。来駆は適度に距離をおいて追いかけた。
「そういえば凄いな。夢見月家は大騒ぎらしい」
「おうよ、俺のおかげか」
「……半分。季本遊桃は来駆が消したが、上兄弟を消したのは僕だ」
「結局自分の手柄かよ」
どうしてそこまで自分を棚に上げるのか。来駆は溜息をついた。
 しかし、秀の腕は本物だ。さすがは元ボスの息子と言うべきか、これまでの『仕事』の鮮やかさと言ったらない。ついでに、プライドの高さも半端ではないが。
 そうなると――……ボスの意向から行けば、『カフェオレ』君を殺害するのも近い事かも知れない。秀と同い年なら14歳。秀の近くにいるのだから尚、やりやすい仕事のはずだ。
「なぁ秀、そのカフェオレっての、強そうなのか」
「まだ判らない。成績がメチャクチャ良さそうってのはわかったが」
「お前に『メチャクチャ』って言葉似あわねぇよ。へぇ……ガリ勉か?」
ただの興味本位の台詞だった。秀はこちらを睨みつける。
「そんな訳があるか。どう見てもおちゃらけた馬鹿っぽい面の生徒だ」
「…………想像つかん」
「ただし、本気出して怒ると怖い。口調は尊大になるわ、目はつりあがるわ。あぁ言うところは夢見月らしい」
是非とも写真でいいから見てみたい。そう言うと、秀は「社のデータベースに入ってるんじゃないか」と言った。勝手に調べていいものか迷ったが、やめた。そんなマネをしても無駄だ。その内判ることなのだから。
 来駆は仲の良かった叔父の姿を思い出した。
『会えなくなるな、来駆』
結婚すると聞いたとき、来駆はまだ小学校低学年だった。
 そして彼は、離れていった。それから、一度も会っていない。本当に――会えなくなってしまったのか。来駆は何度も、彼に会いたいと思うことがあった。しかし、それも叶わない。
 もう、彼は自分の味方ではないと知ったのだ。

      3

――次に消す必要があるのは、誰か?

 命令を下す立場にある頭領、カズマ・グレイが疑問に感じていたのは、夢見月架の反応の悪さだった。『Y殺し』という都合のいいニックネームを持ちながら、こちらに何の反応も返して来ない上に『8人目の生贄』も出そうとしない。どうして、こちらに4人もの人間を消させたのだ?彼にだって、反抗するだけのモノはあるはずなのに。

――しかし妙だな、架は……。

カズマの従兄が頭領だった時代に活躍したらしい彼は、夢見月香子と結婚した今でも彼ら一族を消そうとすることを続けた。こちらから命令することは叶わないが、利用する事は可能だ。――反応がないのはつまり、こちらの作戦に便乗する気はないということか。

――架を殺るか……大きな賭けではあるが。

カズマは1つ溜息をつき、煙草の火を消す。椅子から立ち上がり、部屋の窓際に立つ。
 ビル群の中の背の低い1つのビル、その中でも小さな一角に過ぎないこの部屋。そして、この椅子。ここを基点として活動を続ける“彼ら”殺し屋たちは、カズマ1人の命令を受けて動いてくれる。
 ただの『ボス』に過ぎない、カズマ1人を慕って。
 ふと見ると、窓際の観葉植物が少し萎れていることに気がついた。

――水遣りを忘れたか。

 ビルの清掃員はいても植物の世話をするのはカズマ自身だ。近くにあった如雨露を手に、カズマは絵にならないと苦笑しつつも水道を目指してドアを開けた。

      *

「……こんにちは」
カズマが部屋を出たところの壁に、秀が寄りかかって立っていたのだ。
「? どうした、秀。また菅沢と待ち合わせか?」
「居心地がいいだけです」
「…………そう」
どう考えても壁はどこでも同じだろう。何故違うのかと疑問に思いつつ、カズマはそのまま一番近くの水道へと向かった。
 秀はカズマの従兄、つまり前の頭領の息子である。従兄違い、という訳だ。それだけあって、秀はこの組織の中でもなかなかのポジションに立っているし、腕も良い。だからといって――……まだ義務教育も終えていない子供であることを忘れるわけにはいかない。
 カズマは水を入れ終えると、壁に寄り掛かったままの秀に声をかけた。
「秀」
「はい」
「菅沢に言っておいてくれ、すぐに『社長室』に来いって」
「……判りました」
秀はそれだけ表情もなく答えた。

      4

 菅沢来駆は『社長室』にいた。
「それで、僕を呼んだのは――……」
「あぁ、それなんだがな。お前に仕事を頼む訳じゃないんだが、相談をしたくてな」
「僕なんかに?時本さんのような方のほうが、相談相手としては」
「来駆に相談したいことだ」
いったい、何のことだろうか?
 来駆は仕方なく、頭領カズマの答えを待った。紫煙を燻らせる彼は、一呼吸置いて答えた。
「――夢見月架を次に殺すか、否か」
「え」
「飽くまで相談だ」
カズマは煙草の灰を灰皿に落とした。

――まさか、そんな言葉を聞くとは思っていなかった。

「やはりまだ、つらいか?『叔父さん』をいきなり殺されるには」
「それはつまり、僕に殺させることはないということですね?」
「やるとなれば、俺自身が作戦を掛ける」
「ボスが」
カズマは来駆の驚きの声に、そう、と相槌を打った。
「危ないのは事実だがな。ただ――気になっているんだ、あいつがこの前、7人目を殺し損ねている事が」
「7人目……ですか?」
「そう。あのガキを」
「えっと……どなた、でしたっけ」
助かったと言う――その『7人目』は誰だったのか。
 来駆の記憶の中にはなかった。
「あん?知らなかったか?夢見月冬雪っつぅ……何だ、夕紀夜の息子だ。急所を外したらしい」
「ふ」
「何だ?」
「い、いえ――何でも」

――秀の同級生だという、まさに彼ではないか!!

 来駆が動揺するのも無理はなかった。
「つまりただの中学生でさえ殺せなかったってことなのか、『ただの中学生』じゃなかったってことなのか。もし前者なら、もう架を利用する手はない。後者ならまだ、使いようがあるかも知れんが」
「叔父の利用価値、ってことですか」
「そうだ」
カズマはだいぶ短くなった煙草の火を消した。
「…………あの、ボス」
「何だ?」
「その中学生が、秀と同級だっていうのは、聞いていますか?」
「秀と?へぇ、初耳だな。秀も早く報告すればいいものをな」
「……秀の話によれば、まだ判断もつかないようですが――気にはしているようです。もしそれで悩んでいらっしゃるのでしたら、秀に相談してはいかがでしょうか」
「なるほど。秀にか――……いいな。そいつがどういう奴なのか理解すると共に、『8人目』の様子を見て決める。いいな?来駆」

――つまりその調査さえ終われば、叔父の殺害計画が始まる。

「判りました」
来駆は返事だけ威勢良く、内心で複雑な感情を抱きながら部屋を後にした。

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