形と探偵の何か
Page.10 「過去と探偵」




      1

 キーンコーンカーンコーン――…………。

「はい、後ろから集めて」
その試験監督の発した声と同時に、教室内はガサガサという音に満たされ、しばらくすれば今度は人の声で満ち溢れる。
 今日はこの学校に於ける、学年末テスト最終日。教室中がテスト終了という事実に安堵する雰囲気になっていた。
「な、どうだった」
前の席の生徒が振り返り、尋ねてくる。笑顔なので、多分出来たのだろう。
「それなり」
「へ。お前のそれなりは俺の2倍だかんな」
「オレが2倍も取ってたら大惨事じゃん、胡桃」
「冗談ってやつだろ」
胡桃は向きを戻し、机の上に転がっていたシャーペンと消しゴムを黒のペンケースへと戻した。もうしばらくすれば、ホームルームの為に、担任である岩杉が教室に戻ってくるだろう。
「んー!これで毎日ゆっくり寝てられるな」
「起こされなければ」
冬雪は自分で言いながら苦笑した。毎朝、早起きな弟と従姉によるダブル攻撃に見舞われるのが通例である。その平均時刻は7時から8時、夏休みだろうが休日だろうが、それは決して変わらない。
「学校来るよりマシだろ。出掛けなくていいんだから」
胡桃がコメントを挟む。
「確かに食事はゆっくりできるな」
冬雪が笑って返したとき、教室の扉が開いた。ホームルームが始まる。
(――終業式まで、あと2週間ちょっとか)
 それまで持つか、持たないか。
曖昧すぎる長さのタイムリミットに、冬雪は困惑していた。
(相手は時刻を問わない――……まさに24時間鬼ごっこだ)
実際には24時間どころではない。これから一生、掛かるかもしれない鬼ごっこなのだ。春休みを迎えれば、旅行でも、どこか遠くへ出かけてしまえば、逃げられるかもしれない。
 問題は、それまでの2週間だった。

      *

 男は、計画を練りに練っていた。
(上手くいくとは限らない)
男はプロとは違う。全くのド素人であって、しかも誰にも助けは求められない。究極の、サバイバルゲームである。
(でも)
男にはそれに挑戦するだけの理由があった。
(上手くいかせなければならない)

男は1つ溜息をつくと、標的の姿を思い浮かべて、誓った。
(必ず上手くいかせる)

――人生を真っ白にして、やり直してやるか。

男は暗い部屋の中で、ニヤリと笑った。

      2

 暖かい。
 少年は久々に、コートを着ずに外へ出た。用事と言えば単に買い物だが、桜のつぼみもほころび始めたこの季節に、彼は喜びを感じずにはいられない質なのである。これ以上にないほどの、寒がりであるからにして。
 葵は既に、別の場所へと旅立っていた。どこへ向かったのかは、冬雪の知る範囲ではない。梨羽なら多分、知っているのだろうが。
「えーと」
冬雪が買い物リストを確認しようと、ズボンのポケットに手を入れた、その時だった。
「見つけましたよ」
冬雪の目の前に突如現れたのは、黒い服で身を覆った――初老の男性。
「……まさか、本当に来るとは思ってなかったよ、大船さん」
「甘いですね、冬雪様。1度思い出してしまったことを忘れろと言うには、非常に労力を要するでしょう?それと同じことです。1度やりたくなってしまったことを諦めるには、大変な決断力が必要になります」
「だからその判断力を身につけるんじゃないか」
「学校で?」
「その他諸々」
「……まぁいいでしょう。私が貴方を探してここまで来るのにどれだけの経緯があったか、想像もつくでしょう?それなりの結果を残して帰りたいのですよ」
男は妙に優しげな笑みを作って見せた。冬雪が警戒心を強める。
「それで、オレを殺すって?」
「当然の所業です」
「……あれは事故だ、オレの責任じゃない」
「貴方がその、引き金を引いたことに間違いはないでしょう?」
「オレが転んだのが『引き金』?」
「そういうことになるのではないですか?」
男の口調は急にきつくなった。警戒レベル最高潮、今にでも吠え掛かりそうな勢いで冬雪も返答する。
「……なるもんか」
冬雪はニヤリと笑って返した。敢えて、相手を挑発している――自分の精神が恐ろしい。
「ここまで来て反抗しますか」
「するね。殺されるだけの意義はない」
「ご冗談を」
男は少しだけ唇の端を上げた。何もこんな道端で争うこともないのにと、ふとこの場に似合わない考えが浮かんだ。そんなに自分に余裕があるのか、何なのか。冬雪自身、全く想像もつかない。
「すぐに、終わらせて差し上げます」
男が戦闘体制に入ろうとした。
「……悪いけど、オレにはそんな気は毛頭ないよ」
冬雪も便乗し、相手の出方を窺った。
(…………拳銃か?)
 いくら何でも、冬雪がそこまで素早くて運動神経に優れている訳ではない。ついでに視力(動体視力含ム)も悪い。だから、銃弾など避けられるはずがない。よってして、それ以外での応戦を願うよりなかったのだ。それなら、まだ助かる見込みはある。
「さすがに一般人ですので、準備はそれほどはかどりませんでしたが」
「……ナイフか」
「しかし、殺傷能力は存分にありますよ。貴方の弱点は既に承知済みですからね」
「弱点……それ多分、世界中の誰に言っても弱点だと思うんだけど」
「はは、面白いことをおっしゃりますね、貴方は。私を笑わせて、気を逸らそうって寸断ですかな?」
「……突っ込みたいだけ」
正直に答えた。しかし――内心ではそれどころではない。いつ、彼が襲ってくるか判らないのだ。ナイフという単語に否定しなかった所を見れば、まず間違いない。彼は刃物でこちらに勝負を仕掛けてきているのだ。油断は出来ない、なら、最終手段に出るしかない!
 冬雪は真剣な顔付きを装って、言った。
「……ねぇ、ホントにこんなとこで、殺人なんかするつもり?」
「ええ」
「ふぅん……、」
(せーの)

―――ダッ!!

「ああっ!こらっ、待ちなさい!!」
「待てるか!!」
相手は――多分、話の途中で逃げるような人間だと、冬雪のことを理解してはいなかったのだろう。とにかく、逃げるしかない。相手は冬雪ほどの若さには及ばない、1人の中年男性に過ぎない。しばらくすれば、こちらに勝利の女神が微笑んでくれる事は確実だ。相手もそれは、きっと判っている。だったら、相手が諦めるまで、いつまでだって走ってやる。
「ちょ、冬雪様!少しくら……いっ、ろ、老人を労わるき、気持ちとかっ、ないのですか!?」
「ひ、人殺そうとしといてそりゃねぇだろ!」
「あ……謝りますっ、今回は……ですからっ、どうか、お、お許しを……っ、はぁ、はあ……」
ついに、大船は停止した。冬雪は少し距離を開けたところで、走行をやめた。
「ホントに謝る?」
「……仕方ありません、きっと、いつ、どうやって来ようと、貴方には、敵わないような、気がしてきましたよ……はあ、まだ、落ち着きませんね」
「だから……あの事件てのは、そもそもの原因が誰にあるのか、まだ判ってないんだ。砂場なんかに、あんなモノ埋めた誰かが、キーパーソンなんだよ。それを、子供が拾う可能性は、絶対に判ったはずなのに」
「それを貴方は、探っていらっしゃるのですか?」
「いや……今となっちゃ、どうしようもないし。今更、聞いても答えてくれないだろうしね」
「いえ!そんなことはございません」
ようやく呼吸が落ち着いた彼は、何故か自信たっぷりに叫んだ。冬雪は不思議に思い、彼に尋ねた。
「貴方がた、夢見月家の中での掟です。自身の起こした犯罪を、家の中で隠してはならない――というものが存在します。勿論、それを開けっぴろげに発表しろという訳ではございません。訊かれたら正直に答えろ、そういうことなのでございます」
「じゃあ、オレが訊けば答えてくれる?」
「覚えていらっしゃればの話ですがね」
大船はふふ、と楽しそうに笑った。いったい何をしにここに来たのか――。
「外部に犯罪事実を漏らさない為の、1つの策略なのでございます。家の中での団結力を高めるという」
「でも、オレはこーして外で暮らしてる。それでも、その掟は通じるの?」
「勿論でございますよ」
大船はニッコリと笑った。それが嘘でないことは、信じるよりなかった。

      3

「お……襲われたんですか!?」
家に帰った冬雪を待っていたのは、弟の不必要な雄叫びだった。
「家の人に土下座して謝るとか言ってたんだけど、オレがいらないって追い帰した」
「はぁ?だ、だって……襲われたんでしょ?怪我とかなかったんですか?」
「怪我はないよ。降参させた」
「うえ」
「その反応」
鈴夜の脳天を軽くはたき、冬雪は階段を上がって2階へ向かった。鈴夜が叫びながら追って来る。
「鈴、後でオレの部屋にアレ持ってこい」
「アレ?って、何ですか?」
「梨羽のクッキー、昨日の残り」
「あー!それっ、全部食べる気なんですか!?」
「鈴が食べてから持ってくればいいじゃん」
「それって、食べてもいいって言ってます?」
「言ってるかも」
今のところ、あまり食事をする気はなかった。確かに梨羽の作るクッキーは、最高に美味しい。普段なら、鈴夜に食べさせるなどという選択肢は入らない。やはり、自分で気にしていなくても、それなりのダメージがあったのだろう。

―――殺されかけた…………信頼していたはずの、人間に。

 少なくとも、あの事件のことを思い出すまでは、大船氏は唯一、冬雪の素性に関して理解しきっていて、なおかつ信頼できる他人だったのだ。岩杉は確かに、信頼に値する人物ではある。しかしそれでも、かの『夢見月家』の説明は明らかに不十分なのだ。彼が単に、そういうことに無頓着なだけなのか。
「珍しいですね。んー、そだ、ダイエット中とか!」
「……・・お前、バカにしてんのか」
「え、違うんですか?」
「違うに決まってるだろが。オレは一生ダイエットなんかをしないで済むような食生活を送るっていうモットーを持って、」
「そんなの聞いたことないー」
「今決めたんだ。とにかく食ったら少し残して持って来い」
「はーい」
冬雪は鈴夜を2階に残し、そのまま階段を上って3階の自室へと戻った。

――パタン。

冬雪は自分の体重全てを掛けて、ドアを閉めた。
(はぁ……)
勉強机の前まで来て、椅子を引っ張り出して座る。部屋の中に、座るスペースはない。教科書と服が散乱しているのだ。
 冬雪が今考えているのは、通報するべきなのか、しなくても平気だと判断すべきなのか。もし通報すれば、警察は未成年でまだ幼いという理由で冬雪を保護したがり、大船氏を不必要に追いまわすだろう。そして、そいつの言う事を信じてはならないと、『幼い少年』は信じ込ませられるのだ。
 それは――つらすぎる。
 通報しないで、大船氏がまた襲ってくる可能性もなくはない。しかし、冬雪にはそうは思えなかった。今まで、そんな行動のかけらも見せなかった彼がまさか、本当にこんな行動に出るなんて!それだけ、あの事件が彼にとって、つらく、酷い事件だったのか。恨まれて、仕方ないのかも知れない。
(死にたくもないけどさ)

思い出したくもない、あの幼い日の事件。あんなことがあったから、きっと、冬雪の中でトラウマ化して、死体……もとい元生物が嫌いになったのかも知れない。もしかしたら、案外、生まれつきだったりする可能性も、あることはあるが。
(事故、だったのに)

――コンコン。

「あ、はい」
「あの……やっぱり、2人で一緒に食べませんか?って、梨羽が言えって」
「…………」
「ダメ、ですか?」
――梨羽の指示。葵が不在であるこの家での、1番の年長者。いつも、落ち着いて冷静な意見をもって、まだまだ幼げの抜けない2人をフォローしてくれる、優しい従姉、そして姉代わりでもある。

「冬雪?」
「……そういうのは、言わないでおくものだぜ」
冬雪は立ち上がり、鈴夜が抱えるバスケットから、クッキーを一枚取って口に入れた。

――甘い。どこか、懐かしい。それが彼女の優しさの表れなのかも知れない。

「座れよ」
冬雪が笑顔を向けると、鈴夜はぽかんと開けていた口をキュッと閉じて、喜びいっぱいに頷いた。バスケットをベッドの真ん中に置き、本人はちょこんとベッドの端に座った。
「…………冬雪の布団、ふわふわで気持ちいいです」
「人の布団はそう感じるものだ」
「そーですか?」
「そうなんじゃねぇの。オレは知らないけど」
幾分――いつもより、口調が和らいでいたような気がする。鈴夜も、それを察したかも知れない。
 だったらいっそのこと、今夜は無礼講ってことで――……。
(はは、バカだなオレってば、こんな時にこんなこと考えてさ)
 鈴夜が横で楽しそうに話す声を聞いていられるだけで、どれだけ幸せに感じられたか。
 ここにこうして自分が存在して、生きている価値が、本当にあるというのなら―――……もうしばらく生きていても、いいんじゃないかと思えた。

       4

 翌朝、7時半。いつになく早く目が覚めた冬雪は、久々に人に起こされる不快感を味わうことなく起床した。何故かは、知らない。それは自分の生態リズムに訊いてみない限り答えは出ないだろう。尤も、そんなことが出来たらノーベル賞モノだ。
 冬雪は朝っぱらからそんな暢気なことを考えながら、階段を1階分下りて、朝食の会場である2階ダイニングへと向かった。会場というほど、広い訳がないが。
「おはよ」
「わあ!びっくりした」
「酷いな、人を化け物みたいに」
冬雪はいつものように自分の席に着席し、鈴夜の席から新聞を奪い取った。鈴夜は一瞬ムッとした顔を見せたが、あまり気にしなかったらしい。鈴夜は砂糖とミルクたっぷりのお子様用コーヒーを一口飲んだ。
「冬雪、眠そう」
「そうか?」
冬雪はミルクの代わりに砂糖たっぷりのシュガーコーヒーを一口飲んだ。甘党とは少し違う。単に、まだ苦いものが受け入れられない子供なだけだ。
「冬雪が襲われた理由って、何なんですか?」
「あんまり朝から話したい内容じゃないんだけどなあ」
「平気です!僕っ、どんな話聞いても平気ですから!話してくださいっ」
「私からもお願いします。状況が判らなければ、味方になろうとしてもなれませんからね」
焼けたトーストの載った皿を手にした梨羽が、笑顔で言った。冬雪はん〜と唸って、前髪をかきあげてから答えた。
「判ったよ…………詳しい情景描写は得意じゃないから、簡潔に行くよ」
「はい」
興味津々な2人が、異口同音に言った。

      *

「場所は――あそこだ。夢見月家の、裏庭、かな」

 実際、その裏庭は、子供たちが遊ぶ為のようなものだ。それに、大人が庭に散歩、などという場合は、正面玄関のほうにある庭園のほうが楽しいだろう。裏庭には遊具が溢れている。
 その日、あの家を訪れていた冬雪は、同い年だという少年・竜太を紹介された。竜太はそこの使用人の息子なのだが、同じ年頃の子供が家に居なかったので、遊び相手が居なかったのだと言った。

 とにかくそういう訳で、2人はその日も一緒に遊んでいた。
 日も暮れかけた時、冬雪にとっては従姉に当たる少女――雪子の娘だ――が、砂場で遊んでいた2人を呼び寄せた。無論少女はただ、食事の準備が出来たことを伝えに来ただけだった。
 竜太は、素直にすぐ立ち上がった。作業も明日また出来る、そういう状況にあったからである。ところが、冬雪はそうもいかなかった。穴を掘っていたときに、何かを見つけてしまったのだ。それが何なのか、それがどれだけ重要なものなのかを、まだ判断できる年ではなかったのだろう。
 少女は、冬雪に早く来るようにと声を掛けた。物体を掘り起こした冬雪は、勿論、早くそちらへ向かおうと、砂場から一歩、足を踏み出した―――と。

――ズザッ……、

もう一方の足が砂場の囲いの僅かな段差に引っかかり、躓いてしまったのだ。そして、冬雪の手に握られていたその物体はいっぺんにして凶器と化し、通常ならほとんど有り得ない現象を引き起こした。

――パーン!!

 その音がしてすぐ、冬雪の身体は地面に叩きつけられた。
 一瞬、冬雪本人も驚いた。転んだその瞬間に何が起こったのか、全く理解出来なかった。ただ―――起き上がった時に、従姉が狂気に満ちた声で叫び、その横に竜太が横たわっていたことだけは、鮮明に覚えている。

 物体は、拳銃。決して手を離そうとしなかった自分の神経にまず驚き、転んだ瞬間にその衝撃で引き金が引かれてしまい、しかもそれが人に当たったと言うのだから――怖い。

――何故、こうなったのか。

 転んだという所作で引き金は引かれないと、遺族は反抗しただろう。もしかしたら、冬雪の記憶違いで、本当は験し撃ちでもしていたのかも知れない。

――今となっては、もう判らない。

 話は、ここで終わった。

      *

話の途中、え、とか、あ、とか言っていた弟は、話が終わると黙り込んで何も言わなくなっていた。代わりに、梨羽が発言した。
「つまり――竜太君が、大船さんの御子息だったのですね?」
「だから、オレがいけないってことになって」
「そんな……!そんなの、おかしいです!だって……だって、転んだだけなのに!転んだだけだったら、それは別に悪くないんじゃ……?」
横の席の鈴夜が、いつになく張り詰めたような顔つきで言った。
「いや、どっちにしろオレが撃ったのは事実だ。手を離せば良かったものを離さなかった。それに、撃ち方も知らないはずの子供だったから、問題になったらしい。実際は――使い方だけは、知ってたんだけど」
「それが、どういう物かも知らずに、ですね?」
朝食を食べる為に席に座った梨羽の寂しそうな目が、全てを訴えかけた。

―――持つことさえ許されない、凶器。

 それを容易に手にすることもできる。扱うこともできる。どうすることだって、彼らには可能だ。警察を、法を――何を恐れる事もなく。
「そう。人を殺すほどの力を持ってるだなんて、思ってなかったから」
 勿論、鉄砲、というものの存在は知っている。しかし、それが実際に人を殺す場面は知らなかったし、子供にとってそれは――玩具でしかなかった。だから余計に、今になってから、罪悪感が増してしまうのだ。
「冬雪」
「ん?」
もう、動く覇気もない。冬雪は声と目だけを反応させた。
「僕――……絶対、冬雪の味方ですから……っ。だから、ぜ、絶対諦めちゃダメだから、その、自殺とかしないでくださいね」
 そう言った鈴夜は、冬雪の右腕をひしと掴んだ。その強さに彼の意志がどれだけ強いのか、痛いほど――いや、痛い――判った。
「約束」
鈴夜が右手の小指を立てて差し出した。
(指きりか)
 一瞬、懐かしさに心を奪われた冬雪だったが、すぐに調子を取り戻して笑った。その小指を自身の小指に絡めてから思いっきり引く。鈴夜は楽しそうに笑った。
「敵に回ったらハリセンボンだ」
「僕、魚じゃないです」
「……冗談?」
「もう、冗談に決まってるじゃないですか」

その場の雰囲気がやけに明るくなってから、ようやく朝食に辿り着いた。話をしている間にトーストが少し冷めてしまったが、それでも充分美味しかった。

―――事件は解決した。少なくとも、彼ら3人の中では。

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