こ は る び よ り 探 偵 日 記 ― 第五話 さまよえる奇術師達




第三章「悪魔への分岐点」

   1

「何、今の……?」
 壮絶な悲鳴が階段の方向から聞こえた後、奴は妙な顔をしつつも呑気な口調でそんなことを言う。もし地震が起きたら、こいつはきっと逃げ遅れるに違いない。
「俺が知るか。こんな時間じゃ他に人もそう居ねえだろう、行こう、お前も来い」
「わ、ちょっ」
 言い訳を聞くつもりはない。これは人助けだ。鞄は床に放り投げて奴の腕を引っ掴み、教室とは反対方向、廊下の端にある階段へと走る。廊下は走っちゃいけません、なんて標語は俺の目には見えねえな。階段に辿り着いたところで、手すりを掴んで百八十度旋回。すると血相を変えて三階から駆け下りてくる女子の姿が目に入ったので、急停止した。勢い余って手が外れて、奴がすっ転んだのが見えたがどうでもいい。――声の主は彼女か。
 彼女が俺らの存在に気付く。手すりに手を掛けたまま立ち尽くす俺の元に駆け寄ってきて、右手で上の階を指し示しながら、震える唇で言葉を紡ごうとする。
「は……あ、あの、あのッ、ひ、ひと、ひとが」
 人が、何だって言うんだ。こんな状態になって「人が」なんて言葉に続くことなんて、そういくつも無いぞ。例えばほら、その。
「倒れてる、とか?」
 背後でゆらりと立ち上がった奴が、俺の肩越しに尋ねる。一年生らしき彼女は髪を振り乱しながら大きく何度も頷いて、彼の言葉に肯定を示した。――つまりその、何だ。何てときに居合わせちまったんだ……。
 舌打ちしながら振り返ると、奴は右肩と膝を押さえながら、床にへたり込んでしまったその女子の方へと歩いていく。そして俺の方を見て口を開いた。
「僕はこの子に付き添って、先生を呼んでくる。茨木君は先に上に行って確認してくれ。息があるなら救急車呼ばないと」
 ああ? 今何て言った?
 俺が、上へ行って、確認して来いと?
「何でお前に指示されなきゃ――」
 そこまで言って、やめた。こんなことでいちいち反発して、腹を立てて何になる。こいつは無難な判断を下しただけだ。自分は転んで負傷したから、速く走れるのは俺の方だと、そういう判断をしただけのことだ。
「何?」
 案の定、二文字だけ返してきた奴の目が鋭い。まぁ、転ばせたのが俺の所為なのは確かだしな。自業自得ってか。
「……判ったよ。行って来い」
「うん、よろしく」
 そして、奴は何とか立ち上がらせた一年生を連れて、さっさと職員棟への渡り廊下へ向かって行ってしまった。
 ……あぁ、俺も行かないといけないんだな。
 彼女の話だと、上の階の何処だか判らない。とにかく階段を上って、三階の廊下に出てみる。この校舎の三階にあるのは一年生の教室が三つと、トイレと、それぐらいしかない。廊下の奥から順番にA、B、C組。二年と同じ配置だ。

 と言うわけだから、とにかく順番に則って、扉が開け放たれていたC組の教室の中を――、覗いた。


 覗いて、思わず一歩引いた。


「わっ……うぇ、うええぇぇ、何だよ、これ……」

 そこは――……まるで、奇妙な儀式の後のような、空間だった。

 教室の中央に、椅子を外した机が、大きな円になるように集められている。残ったいくつかの机は隅のほうに集められ、椅子は重ねてその近くにまとめてあった。
 そしてその簡易円卓の上に、何故か制服をズタズタに切り裂かれた、女の子が――手足を揃えて、横たえられて、いた。ちなみに黒板と平行に寝かせられていて足は窓の方に向いているから、俺にはヘアバンドをしたおかっぱ頭の方が近い。

 ……あぁ、息があるか確認しなきゃいけないんじゃないか。
 何だかこう、気分が悪い。こんな光景、見るだけでも気持ち悪いじゃねえか。
 いやでも、生きてるんだったら早く助けなきゃいけねえんだし。


 でも、死んでるんだったら?


 ……震えが来た。こんなこと考えるものじゃない。考えるから怖くなる。大体、死んでたって何で怖がる必要があるんだ。死体が何するってんだよ、怖いのは生きた人間だろうが。
「お、おい、アンタ、生きて」
 ゆっくり近づいて、頸に手を触れようとして、顎に手が当たって、――――もう諦めた。

 バタバタと走る足音が聞こえてきた。青褪めた顔の知らない男の教員と、その後に続いて奴がやって来る。教員が、眠る彼女に近づく。
「もう、冷たくなってました」
「……そうだな」
 俺の言葉に同意がなされて、その場が一瞬、沈黙に支配される。
 何を言えばいいのか。
 何をすればいいのか。
 少なくとも、いつまでもこんなところに突っ立っている場合じゃないはずだ。周囲を見回すと、やることのない奴はふらふらと教室内を歩き回っていた。全く、何を始めるつもりだ。
「あれ――。これ、落ちたんでしょうか」
「え?」
 すると、奴が円卓の奥、教卓との間の床に何かを発見した。教員も俺も、揃ってそっちに行ってみる。……便箋だ。和紙のような素材だが、ごく普通のシンプルな便箋。何かが、書いてある。定規かなんかを使って書いたらしいカクカクした文字で、つらつらと横書きで何か書かれている。
「……幸運の女神に……生贄……?」
 奴がしゃがんでその便箋を覗き込みながら、文面の一部を呟いた。生贄、だと――?
 確かに俺の、この現場に対する第一印象は『儀式の場みたいだ』というものだった。だが、本当にこれが何かの怪しい儀式だったって言うのか? それにしちゃあ、怪しい魔法陣だとか蝋燭だとか、そういうのがあった気配はまるっきり無いが――。
「と、とりあえず、ぼくは通報してくるから。君たちもここから出て、教室に戻っていなさい」
 教師の一声でハッとする。俺は頷いて彼に続こうとした――が。
「あの」奴にストップを掛けられた。「この子は一年A組の戸川夏美さんです」

 え?
 名前を知ってるってことは、知り合い、なのか?

 知り合いが目の前に死体で横たわっていて、この薄い反応、なのか?
 声ひとつ上げず、表情も相変わらず硬くて、何を考えているか判ったものじゃない。

 だが教師は「ありがとう」とだけ言って、走り去ってしまった。
 その場に、奴と、振り向いたまま奴を睨み付けている俺が取り残される。早く出てしまいたいが、奴が動こうとしない。勝手に出てしまってもいいのかも知れないが、出ちゃいけない気がする。こいつを今ここに一人で残しておいたら、何を仕出かすか判らない、そんな気がした。

「……得体の知れない奴だと思ってる?」
 奴の冷たい声色。ずっと以前から、たまにこういう声を出すことがある。俺を、馬鹿にしているような喋り方だ。そしてそういうときの奴の顔は、決まって冷徹な無表情。言葉は疑問形でも、俺に質問などしていない。最初から奴には判っている。俺が思っていることを、勝手に言い当てているだけのことだ。言い当てられたところで、別に気持ち悪いなんてことはない。俺が思ってることなんか全部顔に出ちまうんだから、それを十年以上見てるこいつが、判らない方がおかしい。
「だったら何だ。いつまでもここに居たいってんなら勝手にしろよ。どんな噂が広まっても良いんならなァ」
 強気の口調で言ってやると、奴は鼻で笑ってから、さらに嫌味で薄気味の悪い笑みを浮かべた。長い前髪の陰になっているせいかも知れないが、奴のこんな表情は初めて見たかも知れない。不覚にも驚いて、心臓が早鐘を打っている。

 何なんだ、こいつは。
 俺が昔から知っている奴とは、何か違うのか?
 何か変なものに、変な悪魔にでも取り憑かれて、頭がおかしくなってるのか? いや、そんな非科学的なことがあるわけないじゃないか。おかしいとしたら単にこいつがおかしいんだ。

 あるいは、まさかこいつが犯人なんじゃ――。

 考えられない話では、ないと思った。

 奴はそれから急に歩き始めて、俺の横を通り過ぎた後、ハタと立ち止まってくるりと振り向き、言った。
「怖がりだなぁ、茨木君は。僕は僕だよ(、、、、、)
 奴の顔からさっきの気味の悪い笑みは消えて、いつもの、人を小馬鹿にした呆れ顔に戻っていた。奴の回りくどすぎる言い方を要約すると『冗談のつもりだった』と言っているようだが、軽々しく笑って返事をしていいものか、判らない。……何せ、こんな場所だ。こんな場所で、そんな悪い冗談が通用して堪るか。
 こいつはまだ何か、俺に隠していることがあるんじゃないのか――?
「早く出ないと怒られるよ?」
「勝手に行けよ。お前が行ったら俺も出る」
「……そう。じゃあ、また」
 ぷい、とあっさり向き直って、奴は教室を出て行く。すたすたと廊下を歩いていくのが見える。
 俺は、背後の彼女に少しお辞儀のようなものをしてから――何故そんなことをしようと思ったのかはよく判らない――、奴の後に続いて教室を後にした。

 何だか、変な、気分になっちまった。
 それから自分の教室でボーっと待機していると、まだクラスの半分も集まらないうちに休校が決まったからさっさと帰れと通達があり、俺はそれから誰とも一言も喋らずに下校した。
 何しに、来たんだか――。

   2

 休校は翌日から三日続いた。と言っても日曜を挟んだから、実質土曜と月曜が休みになった、ってところだ。まぁ、生徒が殺されたってんだから――あれは殺しだよな?――、不審者かなんかが居るかも知れないとか考えるわけで、そうなるのも不思議じゃない。
 休校措置が解かれた火曜日に学校へ行ってみると、三年と二年はいつも通りの教室だったが、三階の一年は特別棟で余っている教室をそれぞれのホームルームとしてあてがわれていた。ロッカーの中身はどうすんだとか色々不便そうなところはあるが、一年生の心象を思えば仕方ないのかも知れない。
 ――で、この三日間で犯人は見つからなかったらしい。
 解決するまで休んでるわけにも行かないってことで授業は再開したが、生徒、特に一年生は安心できない生活が続くってことになる。ちょいと可哀相な気もするが、これもやっぱり仕方ないのかも知れない。学校も色々大変だからな。そうそう、この学校は間違いなくイメージダウンするだろうと思う。下手に進学校として有名だったものだから、マスコミも大挙して取材に来て、朝から校門がえらいことになっている。マスコミに対して何処までの情報が開示されてるのか、一生徒に過ぎない俺らにはさっぱり判らないわけで、それを利用して生徒に対するインタビューで色々聞き出そうって寸断らしい。えげつない。俺は声を掛けられても面倒なので完全無視したが。
 朝、八時過ぎ。何故か沈んだ顔で保井がやってきたので、声を掛けた。
「はよ。何だよお前、インタビュー真面目に受けたのか?」
 いつものようにからかうが、彼は自分の席――俺の目の前だ――に座ると、首を横に振りつつため息を吐くのみだった。どう見ても様子が変だ。
「……? 何かあったのか?」
「純、聞いてくれよ」
「何だよ、さっさと話せ。じれったい」
 すると保井は俯いたまま、とても小さな声で、言った。
「……オレ、警察に疑われてる」
「……はァ? 何でだよ。何でお前が面識もない一年の女子なんか」
 幸運の女神に生贄を、だしなぁ。正確には覚えてないが、保井には到底似合いそうもない文章だった。
 ――と考えて、死体の服が切り裂かれていたことを思い出した。何だ、それでなのか? そういうことなのか? 警察って奴はそんなにも無能で――……いや、何が根拠になってるかなんて判らねぇか。
「死亡推定時刻が夜の七時から八時なんだと。で、八時が下校時刻だろ。オレが、最後に出たんだってさ。校舎の鍵閉める直前で、見回りの警備員さんと話ししたから、覚えられてた。そんで、現場の見回り行った時刻……七時四十分だったかな、その時は異常なくて、その後正門から出たのもオレ含めて数えるほどしか居ないって話で」
「……そんな、時間ごときで決められるかよ。犯人がずっと校舎内に残ってたって可能性は?」
「純のトコは電話なかったのか? 当日ちゃんと家に帰ったかって、親に、担任から」
「んあ、あぁ……そういやあったな。え、それって」
 被害者になっていないかではなく、……いや勿論それも確認できるが、加害者としての可能性も探ってたって言うのか? ……胸糞が悪い。別に悪いことしたわけじゃねえのにな。
「じゃあ何だよ。当日夜の居場所が判らなかった生徒は居なかったってのか」
「そういうことらしい」
 だとすると、異常の無かった七時四十分から、八時までのわずかな時間で人を殺して、死体を置いて、例の儀式を作り上げて、学校を出たってのか? こいつが?
 いや……それもねえだろ、無茶苦茶だろ。
 でも、今はそうとしか考えられないってのか。二十分間でそれらの過程を踏んで、何食わぬ顔で学校を出て行った犯人が、こいつを含めて何人かだっていう奴らの中に居るのは確実、なんだろうか――。
「なぁ純、何かオレ、陥れられてんのか……? いつも遅くまで残って練習してっから、それ知られててさ」
 保井は柄にもなく酷く不安そうな顔で言う。確かにこいつは、集団での練習が終わった後も自主練を欠かさないし、そして大抵一番遅くまでやっている。俺も一時期それに付き合っていたことがある。
 ……知ってたから、こいつに罪を着せようとして、わざわざ服を破ったとかか? つまりその、……あれだ。性的な犯罪に見せかけるためだ。伝わると嬉しい。そもそもだ、見せかけるにしたって切り刻むってのは変だと思うんだが、俺の感覚は間違ってるだろうか。いや、まぁ、そんなことはどうでもいい。
 どっちにしろ、こいつの口振りから言って、こいつが犯人だとは思えない……思いたくない。誰かがこいつの犯行に見せかけて、あの気持ち悪い現場を作り上げたことは、確かだ。

 ――そして俺は、ある一人の人間のことを思い出していた。

 あいつが本当に犯人なら、どうだ?
 あの時の薄気味悪い顔――……尋常じゃなかった。それに、ああ見えて悪知恵の働く奴だ。同期生ほぼ全員に悪ガキだと思われている俺のほうが、むしろ真面目なぐらいだと思う。そんなこと言うと誤解されるかも知れないので弁明しておくと、俺は悪いことは悪いと思ってやるが、あいつは自分がやりたければ悪いと思わないでやる。そういう奴だ。
「……判った。俺、調べてみるわ」
「調べる? 捜査するってことか?」
「ああ、警察には見つからねえようにな。お前がやったとは思えねぇし、怪しい奴も居るし」
「おお、助かる! でも怪しい奴って誰だ? そんな奴居るのか?」
 保井の質問に、俺が顔を上げて堂々と答えてやろうとしたその時――……バコッ、という音が聞こえて後頭部に衝撃。脳が揺さぶられたような気がした。久々の感覚。
「怪しい奴って誰のこと? 私も聞きたいなぁ」
「え、恵里子、やめなよ、それ八つ当たりだよ。イバラギ君、大丈夫だった?」
 宮路と、佐久間。俺の後頭部に分厚い本を投げつけたのは、間違いなく宮路。心配そうに謝ってくれた佐久間には「大丈夫」と言っておいて――だが名前はまだ間違えられている――、何故か仁王立ちになっている宮路を見上げる。
「何だよ、宮路には関係ねえだろ?」
「関係ある。殺されたの、うちの一年生だもん」
 何だと――?
 じゃあ、あいつが名前を知ってたのは、つまり、日頃顔を合わせている部員だからか。なるほど、それであいつが一年の女子と知り合いっていう変な関係にも納得が行く。それと同時に、あの場で声ひとつ上げなかった反応の奇妙さの度合いも、増す。
「怪しい奴って誰のことだよ。私にも聞かせろ」
「……お前に言っても怒るだけだと思うぜ?」
 あいつを疑ってるなんて言えば怒るに決まってる。こいつは何だかんだ言いながら――あいつのことを、気にしてるに違いない。普段の態度が物語ってる。
 だが俺のせっかくの忠告にも関わらず、宮路は仁王立ちのまま動こうとしない。俺があいつを疑ってることなんか、夢にも思ってないって言うんだろうか。そんなことはないと思うが――でも、そこまでの覚悟があるなら、言ってやっても、いいかも知れないな。
「判った、言うよ。――お前の大事な桧村部長を疑ってる」
「な、……何……?」
 宮路は本気で驚いた顔をした。俺が言ったことの何処に驚いたのかは考えないことにしておく。きっと真ん中だ、そうに違いない。それならきっと話題も逸れて、この場の雰囲気も持ち直せる。そう思って俺が何も言わずに居ると、彼女はだんだんと嫌悪感を表情に出していく。――あ、これはまずいかも知れない、と思ったが後の祭りだった。
「何……何よ、成績抜かれたのがそんなに頭に来たの? そんなの、そんなの腹いせにしか聞こえないッ!」
「恵里子!」
 案の定、宮路は激高して悲鳴のような叫び声を上げる。こんなんだったら、やっぱり言うんじゃなかった。ひとりでにため息も零れるってもんだ。
 対して、佐久間は飽くまで冷静だった。宮路を押さえながら、静かな声で彼女の説得に掛かる。
「……イバラギ君だって根拠もなくそんなこと言ってるんじゃないと思うよ。確かにひー君がそんなことする人には見えないけど、もし本当にそうだったとしたら、わたしは受け入れるしかないと思う」
 何と出来たお嬢さんだと思った。
「ほ、……本当にそうだったとしたらでしょ。茨木、根拠は何だよ。怪しいってのはどういう意味だよ」
 少しは落ち着いたらしい宮路は、俺の机に手を突いて、鬼のような形相で迫ってくる。何だろうこいつは、どうしてあんな奴を気にしてるんだろう。あいつの何処が良いってんだか。よほど入れ込んでるんでなきゃ、佐久間ぐらいの反応が普通だもんな――。
 あぁ、返答をしようか。
「俺、現場であいつと居合わせたんだけど……そん時に、気持ち悪い、顔を見た。お前らだって多分見たことない顔だ。あいつは何か隠してる。俺には判る。頭のいい奴だから、何かトリックみたいなものを考えたのかも知れねえな。でも正直俺には判んねえよ、だからあいつが犯人だとまでは言ってない。ただ怪しいと思っただけだ。早とちりすんじゃねえよ」
 頭の中で渦巻いていたことを、早口にまくし立てた。すると宮路は神妙な顔になって、何度か瞬きをして俺の言葉を噛み締めるようにしていたが、最終的に「ごめん」と呟いて、静止した。
「ひー君が、隠し事……?」代わりに佐久間が不思議そうな顔をして反応する。「でも、イバラギ君、ひー君と面識あったの? 『俺には判る』って、何かまるであの子のこと凄くよく知ってるみたいな……」
 え? あれ? 俺無意識にそんな論調で喋って――?
 いかん、それはまずい。
「ち、違う違う。違うに決まってんだろ。俺は人の隠し事見抜くの得意なんだよ」
 ギリギリな出まかせだ。あいつが聞いていたら鼻で笑うところだと思ったが、誰も突っ込む奴は居なかった。案外、見抜かれないものなんだな。
「俺は保井の為に捜査する。桧村君のことは二の次だ。お前らが何しようが自由だが、妨害だけはするんじゃねえぞ」
 若干沈んでいた様子だった宮路も立ち直って、あいつの代わりに鼻で笑い、「上等さぁ」と言い残して去っていった。残された佐久間の方はあたふたして、俺らに「ごめんね」と断って、宮路の後を追いかけていった。
 ……もしあいつが本当に犯人だったとしたら、どうだろう。
 俺はあいつとの関係を、こいつらにばらすべきなんだろうか。よく知らない敵だから犯人として吊るし上げたわけじゃないと、言い訳するために。ばらしてしまっても良いのかも知れないと、何故か今、何となく思う。むしろ、彼が犯人とかそういうことは関係無しにでも。宮路たちは自分たちこそがあいつの一番の理解者だと思って、あいつの敵である俺を目の敵にしている。でも俺だって、まぁ理解者とは言えないだろうが、あいつがどんな奴かはよく知ってるつもりだ。つもり、だった。
 だからあいつが、あんな顔をするようになったのが許せなかったのかも知れない。恐ろしかったのかも知れない。人間の、変化というものが? 人間はこうも変わってしまうのかという、絶望感?
 ……とにかく、一度あいつを問い詰める必要がある。
 俺は、いつまでも優位に立たれたまま平気で居られる性分じゃない。反撃の、時間だ。