こ は る び よ り 探 偵 日 記 ― 第一話 黒板の裏側




第五章「雪が雨に変わるとき」

   1

 真剣な顔になった二人を前にしながら、あたしはテーブルの上に次々と出されていく資料の多さに気が滅入りそうになった。写真……容疑者の顔写真、プロフィール、タイムテーブルなどなど。
 もしあたしが、この事件に一切関わってなかったとしたら――……きっと、さっさと解決しやがれ役立たずの警察め、なんて考えていたかも知れない。こんな事件速く解決しないと、学校の評判、って言うか――とにかく、色んなところに影響出てきちゃうんだからさ。
 でも――実際こうして関わってみると、何とも言えない感覚になる。警察の事馬鹿になんて出来ないし……第一、あたしの頭じゃ犯人なんて判らないし。
「それで、サネ。お前は誰が犯人だと踏んでるんだよ」
「いきなりそれを訊くか、お前は……」
「あのな、それを聞かない事には話が始まらねえの。判る? 俺はさっき言っただろ、だからお前に訊いてんだ」
 なるほど、そういう論理ね。
 直実さんは一呼吸置いてから、答える。
「――……説明はここでしない方がいい。まだ私の考えも……確証が取れた訳じゃない。説明は全ての容疑者の前でやった方がいいだろう。学校へ行けるかどうか……そうだ、楓さん。君にお願いがあるんだけど」
「何でしょう?」
 簡単な事ならいいんだけど。
「時間を測って欲しい。どれくらいの時間で行けるのかが知りたいんだ」
「時間……ですか」
「そう」
 直実さんはカウンターに備え付けられていたメモに、あたしが調べるべき内容をスラスラと書いた。そしてそれを破って、あたしに渡す。
 あたしはそれを受け取って、眺める。
 少し恥ずかしいっちゃ恥ずかしいけど――……出来ない事じゃなさそうだ。あたしは頷いた。
「よし……ハル! 明日一日、彼女に付いていってくれないか? 計測は誰かが手伝わないと行けないしな、お前なら時計なんか無くても正確に測れるだろう」
 ハル君が――……付いて来る?
 ちょっと待て、それは今日明日ずっと、あの小猿と一緒に居なきゃいけないって事?嫌だとは言わないけどさ――……何でまた、そんな事になるの?
 小猿がちょこちょこと走ってくる。
「へいへい……そんじゃ今日一日の寝床よろしく、しげるさん」
「ち、違うっつってんだろがぁあッ!!
 ――…………ッ、紅茶ゴチソウサマでした、さようならッ」
 あたしは小猿を引っ張って店から出た。
 扉を閉めて、すぐにそこから走り去った。

 何だか判らないけど――……妙に、腹が立った。

 名前をいじられたからとか、そういうんじゃなくて――……もっと、別のところで。

 一気に走って疲れ、立ち止まったあたしの後ろに、子供が立っていた。
 小猿、じゃなくて――本来の姿なんだろう、ハル君が居る。
 この前とは違う銀色の髪、襟元には長いリボンを結んでいる――現代日本って事を考えると、かなり変わった格好。

「…………あんたも不器用なんだな」

 ハル君が呟く。

「当たり前の事言わないで。――行くよ」

 あたしは後ろを見ずに答えて、すぐに出発し直した。

 ゆっくりと歩くあたしの後ろを同じペースで追う子供の影が――……妙に、切なく見えた。


   *


「……行っちまった、なぁ」

 純が呟くように言った。

「あれじゃ目立つから術を掛けてやろうと思ってたんだが」

「へぇ、どんな?」

「鳥か鼠か……辺りにしてやろうかと。虫じゃ潰されかねないし」

「…………サネお前、実はかなり腹黒いだろ」

「さぁな。それは純が一番よく知ってるんじゃないのか」

 直実はいつもと変わらない調子でそう言って、紅茶のポットを片付けた。

 それからカウンターに戻って、静かにため息を吐く。

 純が、カウンターの目の前に立つ。

 そして直実の顔に向かって指を指した。

「その。見事に碧になってんじゃねェか。

――……何掛けた?」

 純は不敵な笑みを浮かべる。

 直実は碧色に染まった右眼の瞼を閉じ、数秒手で覆ってから再び開けた。

 虹彩はまだ、透き通ったエメラルドグリーンをしたままだ。

 そして静かな口調で、質問に答える。

「ハルを……彼女以外の人間には、見えないように」

「! そりゃ大技だ、瞳の色も戻らないはずだな。掛けてるのに全然気付かなかったよ。

 しっかし、彼女が大恥かく事になりかねないぞ?いいのか?」

「―――彼女はそこまで馬鹿じゃない」

「おーおー、そりゃ大層な事で」

 会話はそこで、終わった。

 純は自分の荷物を持って、帰っていった。

 直実は一人、店の中に残って――……また一人で、紅茶を飲んだ。


 ――……それから少し事件の事も、考えた。


   *

 翌日、あたしはハル君と一緒に学校へ来ていた。
「……本当は入っちゃいけないんだからね」
「判ってる判ってる。要は騒がなきゃいいんだろ。どうせ俺は人には見えねェんだからなッ」
 見えなくたって聞こえるっつーの。
 でもまた何で――……これが、見えないんだろう? もしかしてこれも、直実さんの術、なのかな。あたしには判断できないけど。

 昨日、家に帰って驚いた。ハル君の事を何て紹介して泊めようかと真剣に悩んでいたのに――……家族はどうやら、ハル君の存在にすら気付いていないようだった。あたしはハル君をあたしの部屋に留まらせて、喋らないように命令した。さすがにあたしが他人だからか判らないけど――……言う事は、聞いてくれた。
 長い長い授業中、ハル君は構内を散歩していたらしい。それならそうと、朝の内に言ってくれれば良かったのに――……何処で何してるか、気が気じゃなかったんだから。そう言ったら、ハル君はケラケラ笑ってこう言った。
「そんな事気にするなんて、オバサンの前兆か?」

 ……ってね。
 さすがのあたしも頭に来たわよ、そりゃ。

 それから、メモに書いてあった内容を全てこなした。
 ひたすら校外を走り回ったりしていたから、コンビニに入ったときには思わずアイス買っちゃった。
「食べる?」
 ハル君に聞いたけど、彼は首を横に振るだけだった。
「――俺、ニンゲンの食い物は受け付けないから」
「そっか、人間じゃないのか」
「あんたに話すとさ……色々言われるかも知んないけどさ。俺、ヴァンパイアだって言っただろ。主食は血でさ……でも、サネみたいに事情知ってるニンゲンは少なくって。血なんてくれる人は居ねェし。しょうがないから俺、サネの仕事場くっついてってよ。事件現場で……掃除屋やってんだ」
「……掃除?」
「ホントは……俺だって辛いんだけどさ。床とかの血をひたすら飲むんだよ。残った汚れに関してはしょうがない、洗剤で拭くしかねェけど。いつ身体壊すかと思ってよ」
 絶句、するしかない。現代の世に生きるヴァンパイアって大変なのね。
「人の……身体からは吸わせてもらえないの? ちょっとぐらいなら死なないでしょ、献血献血」
「……サネは低血圧だし、純の血は不味いし」
「床から飲むぐらいだったら美味しい不味い言ってられないでしょ」
「ならあんた、くれるのか?」
 え――……言われて、戸惑った。
 血を吸われるって、どういう感じなんだろう。
 あたしには予備知識が全然無いから、想像吐かないけど。
「直接は吸えねェんだ、色々弊害あるからな。それに、普通のニンゲンは――……そう簡単には、承諾しちゃくれない」
 淋しそうな顔で、ハル君が呟いた。
 あたしは、どうすればいいんだろう?

 掛けられる言葉を探したけど――……見つからなかった。
 それから店にハル君を返しに行くまで――結局雑談だけで、その話は、しなかった。

 ――何だか気分がちょっと、沈んだ。

   2

 私立蒼杜高校――……特別棟二階、家庭科研究室。あまり広いとは言えないその部屋に、今実に八人もの人間がひしめいていた。あたしはその中に交じりながらも、傍観者として進むやり取りを眺めた。あたしの隣では、同じく傍観者のハル君が居る。
「――そろそろだな」
 ハル君がそう呟いたかと思うと、普段と違うスーツ姿の直実さんが、声を発した。
「さて――……それじゃ、始めましょうか」
 彼の目の前には、家庭科教員と助手の二人、更にはその日居た守衛さんも居る。証言した人が全員揃ってるって事ね。
「早く、犯人を教えて下さい! この事件解決しないと、私たち、どうにもならないんです」
 助手さん、えっと――初島さんが言う。それを受けて、直実さんが不敵な笑みを見せた。
「えぇ――それをこれからお話するんですよ。全てね」
 うーん、何て言うか――……裏に何かありそうな笑顔、って思ったのはあたしだけじゃないと思う。家庭科の三人が三人とも、一瞬顔が強張ったのが判ったぐらいなんだもの。

 そんな事には構わず、直実さんは話を始めた。
「第一に、被害者の松井先生は調理室のあちら、黒板側……まぁ、入り口の方に顔を向けて倒れていたと聞いています。調理室は広いですから、これだけで細かい事を決定する事は出来ませんが――少なくともその状況下に居たら、犯人でなくとも早く部屋を出たいと考えますよね? まぁ死体マニアでもない限りは、ですが。――調理室に、扉は二つ。一つは廊下に繋がる扉、もう一つは――……研究室に繋がる扉です。この時、松井先生が向いていたのは廊下に出る入り口の方――……普通犯人が逃げるなら、廊下に逃げるかな。犯行中に研究室に人が来ていたら、話になりませんしね。それに、研究室までは遠い。そんな危険を冒す人はそう居ないでしょう」
「でもそれが――何の情報になるんですか?」
田宮さんが訊く。気弱そうな人だと思った。いつもそうだけど、今もずっと、不安そうな顔をしている。
 直実さんはまた微笑んで、静かな口調で答えた。
「さて、犯人は逃げた後何処へ行くのでしょう? すぐ平然と研究室へ戻るでしょうか? ――この場合、それはありませんね。もしこの事件で、被害者が別の……例えば首を絞められて殺されていたらまた別なんですが。現場は、血の海でした――それは第一発見者の彼女も証言している事です。そんな中で、服を一切汚さずに居られる訳がありません。少なくとも、それを処理してからでないと研究室へは戻れないでしょう。――純、死亡推定時刻は何時だった?」
「七時丁度から三十分……だったはずだ」
 突然話を振られた純さんだったけど、すぐに反応して正確に答える。さすが、そこら辺は刑事さんらしい。
 そこで一同が全員、誰より早く来ていた小杉先生に視線を向けた。
「な……何ですか? 私が犯人だとおっしゃるんですか? 待って下さい、私は事務室に用があって、」
「落ち着いて下さい、小杉先生。私はまだ、貴女が犯人だなんて一言も言っていません」
 直実さんの口調は、妙に穏やかだった。小杉先生はそれ以上話すのを止めて、うつむいた。他の人も、再び直実さんの方に視線を戻す。
 話は元に戻る。
「この学校には裏門があります。そこから入れば、守衛さんに見つからずに校内に入る事は容易です。同様に――出る事も、容易です。裏門に守衛は居ませんからね。現実に――……血の付いた衣服は、裏門近くのゴミ捨て場から発見されています。犯人はそこを出入り口に使用したんです」
「じゃ、その服の持ち主を調べれば判るじゃないですか! 犯人」
 初島助手が言う。でも直実さんの表情は冴えない。
「残念ながら、そう簡単なものではないんですよ。ゴミ捨て場に棄ててしまうものなんです。普段から着ているものだったら、それこそすぐにバレてしまうじゃないですか。――だから犯人は、普段着ないものを選んだはず。皆さん方はそれほど体型も変わらないですから、服を見ただけで犯人は判りません」
「それじゃ、どうするんですか?犯人……判るんですか?」
 不安そうに田宮助手が尋ねる。
「それを今、説明してるんですよ。もう犯人は判っています」
 直実さんがそう言うと――三人が三人とも、表情を変えた。
 うーん、いかにも怪しげ。
「だから、犯人は誰なんですか?それを早く話して下さい!」
 またも初島さんが叫んだ。
 直実さんはニヤリと笑って、あっさりと答えた。

「犯人は田宮さんですよ。それと――……」
 田宮さん、って――……タイムテーブル上じゃ、一番忙しそうにしてるのに。
 どういう事だろう?

 それに――……『それと』って、どういう事?

 あたしの考えを読むように、直実さんは次の言葉を発した。
「――小杉先生も共犯ですね」

 その場の空気が凍ったような、気になった。
 共犯、って――……じゃあ関わってないのは、初島さんだけって事?

「ちょっと待って下さい! 私……私が学校に来たのは七時半なんですよ!? 守衛さんだって証言して下さってるじゃないですか! 半に来たのに、それより前に松井先生を殺せる訳がありませんッ」
田宮さんが必死に反論する。
それまでずっと沈黙を守っていた守衛さんも、口を開いた。
「そうですよ。――わたしゃ確かに確認しましたよ、この方がいらしたのは丁度、七時三十分でした」
「えぇ――……正門を通ったのは確かに七時半なんでしょう。でも私さっき言いましたよね。この学校には裏門がある、って」
 そう、ここには――というか、大概の学校には門は二、三つある。ここも例に漏れず、正門の反対側に裏門が存在する。そっち側から通ってくる生徒が、主な利用者って訳。
 裏門から入れば、守衛さんに見つからずに特別棟に入れる、って訳ね――……誰でも考えつきそうで、でも気にしていなかった。
「貴女が最初にここまで来たのは恐らく、小杉先生と同じぐらいかな。その時着ている服は、ゴミ捨て場に棄ててあったモノでしょうね。後は荷物を置いて、調理室で松井先生が来るのを待つ」
「松井先生が調理室にいつまでも入って来なかったらどうするんですか?偶然を待つとでも?」
小杉先生が反論する。それにも直実さんは表情を変えず、冷静に答えた。
「――そこで貴女が登場するんですよ、小杉先生。貴女は登校してから、松井先生が来るまで研究室に居るんです。松井先生が登校してきたら、そうですね――……調理室の田宮さんを手伝ってあげてくれ、とでもお願いしたんでしょう。自分は手が離せないと言ってね。松井先生は怒りながらも調理室へ――……簡単な事でも手伝わないといけないくらい、田宮さんが使えない助手だと思っていたから。私は知りませんけど、普段からそんな感じだったそうじゃないですか――……生徒が、気付くくらいに」
 そこで直実さんはチラッとあたしの方を見る。あたしは静かに、頷いた。
 家庭科研究室は仲が悪い――……あたしたち生徒の中でも評判の噂だった。生徒の中には、結構先生の所へ遊びに行く人も少なくない。特定の先生と仲良くなって、放課後雑談をしに行ったりもする。特に家庭科の先生なんかは、日常生活に一番近いところに詳しい訳じゃない? 女子なんかだと結構、研究室に入り浸ったりしてるみたい。
 助手さんって言うのもまた特別で、先生たちよりも自分たちに年が近い訳で。だから尚更、話しやすかったりする。多分――この場合も田宮さん辺りから、噂が広まったんじゃないかな、と思う。

 直実さんは三人の反応を見ないまま、話を続ける。
「田宮さんはそこで松井先生を殺害する。凶器の包丁に指紋が無かったのは恐らく、貴女が手袋か何かをしていたからでしょう。もしかしたら布巾か、ハンカチ辺りだったのかも知れない――……それだったらもう、処分してしまっているかな。それからすぐに、隠しておいた荷物を持って教室を出て、近くの特別棟トイレに駆け込み、そこで着替えた。その時点で恐らく、七時二十分すぎくらいかな」
反応はない。ただ、話を聞いているだけの様子。もしかしたらもう、反論する気も無いのかも知れない――。
「さぁ、そこから先は時間との勝負です。田宮さんは再び特別棟を出て、裏門へ走ります。そこで近くのゴミ捨て場に汚れた服を棄て、正門まで急いで行きます。そこで――楓さんが測ってくれた時間が役に立つ」
「え……っと、裏門から正門、ですよね?」
「そう」
ハル君が言ってくれた時間を書いたメモ――生徒手帳に挟んだんだ。あたしはそれを見ながら答えた。
「歩いて十三分三十七秒。あたしのペース、ですけど」
「走ると?」
「……八分、十四秒」
「この学校の敷地が広いとは言え――……走れば充分、十分以内で戻って来られます。荷物を持っているから、多少遅いかも知れませんけどね。と言う訳で、田宮さんはめでたく七時半に正門をくぐる事が出来る」
 ――完璧だ。
 あたしはため息を吐いた。
 でも直実さんは、まだ話を続ける。
「貴女はこれでもまだ不安だった。自分の姿を校内の誰かに見られていて、覚えられていたら困る。まぁ実際には誰も覚えては居なかったんですが――……貴女は小杉先生に、更なる工作を持ち掛けたんです。昼食を買いに、近くのコンビニへ――……行ったのは、小杉先生のはずでず」
「!! だから、私は事務室へ――」
「事務室の記録によると、貴女が事務室を訪れたのは七時五十分頃だと聞いていますよ。それまでの間、貴女は何処にいらしたんですか?田宮さんが着替えている間にでも出発して、コンビニまで歩けば――レシートの時刻も七時四十分になるでしょう」
 あれ?何か奇妙しい。
 あたしは直実さんに言った。
「正門からコンビニまでは五分も掛かりませんよ? 二十分過ぎに出発したら、早すぎるんじゃ」
「裏門から走れば丁度それぐらいじゃないかな? 正門を出る姿を、守衛さんに見られちゃいけないからね」
 あたしはメモを見直す。裏から走ると、コンビニまでは丁度――十五分。買い物をして、レシートを貰えば、7時40分くらいになる。
 守衛さんに、見られちゃいけない。
「それじゃここで、守衛の加藤さんにお尋ねします。七時三十分から八時までの間に、正門から出て行った人は居ましたか?」
「いや――……生徒は沢山入ってきたが、出て行ったのは自転車に乗ったおじさん1人だったですよ、えぇ。女の人は出て行きませんでした……覚えていないだけやも知れませんがねぇ」
「――ありがとうございます。多分、それで間違い無いと思いますよ――……本当に田宮さんがコンビニへ出かけたんなら、寧ろ加藤さんに見られたほうが良かったはずなんです。それなのに、見られていない。それはコンビニへ行ったのが、田宮さんではなく小杉先生だったからですね」
「そんなの……そんなの判らないじゃないですか! 生徒さんとすれ違っていて、守衛さんに見られていなかっただけかも知れないじゃないですか……」
 田宮さんが訴えかける。
「それだったら良いんですよ。でも証拠はちゃんとあるんです――……コンビニの、防犯カメラという」
 決定的、だよね。
 そこに小杉先生が映ってるんだったら、まず間違いなく今言ったような工作が行われてるって事なんだし。
「松井先生を殺してでもいなければ、わざわざそんな仕掛けをする必要は――……ありませんよね? 田宮さん、小杉先生」
 数秒間――……その場に、沈黙が流れた。

 次に口を開いたのは、田宮助手だった。

「間違いありません――……私が悪い事をしてしまったのは、事実です」
「田宮さん……!」
「ゴメンなさい、小杉先生。これ以上隠していても、仕方ない気がしますし……」
「…………そうですね。確かに今回の事は私たち二人で計画して行ったものです。間違い、ございません」
 またも、沈黙。
 初島さんだけがうつむいて、掛ける言葉を探しているように見えた。
「それじゃ――……詳しい事は、署でお聞きしますかね。二人とも、来て下さい」
 純さんが声を掛けて、それから二人に手錠を掛けて――……その部屋から、出て行った。

 その場に、あたしとハル君、直実さんと――初島さん、守衛さんが残された。
 まず直実さんが最初に、声を発した。
「――さて……初島さん。どうしてまた、言って下さらなかったんですか? 全部判っていらしたんでしょう」
 ずっとうつむいていた初島さんが、ようやく顔を上げる。
 判っていた、って――……どういう事なんだろう。
「自分は犯人じゃない。外部犯とも考えられない。他に犯人は誰が考えられるか……それぐらい判るでしょう。ご自分が、利用された事も」
「言える訳ないじゃありませんか! ずっと……ずっと、一緒に仕事してきたんですよ?」
「……貴女の証言が足りなかったんですよ。恐らく貴女は、わざと情報を隠したんでしょう? いけませんよ、あまり度が過ぎると犯罪になってしまう」
「…………ッ」
「まぁ、ここから先の事は私にはどうしようも無いですから……ご自分で、判断して下さいね。それじゃ、私たちはそろそろ帰りましょう――加藤さん、わざわざありがとうございました」
 そしてあたしたちは半ば無理矢理――……研究室から、外へ出された。



 ――それから一週間後、家庭科研究室はもぬけの殻になって――……残りの家庭科の授業は、他の科目の女の先生が仮に受け持つ事にしたらしい。尤も、どこのクラスもあと1回とか2回だったから、何とかなった話らしいけど。

 あたしは今、小春茶屋の前に立っている。
 真剣に、考えて、決めた事なんだから――……自分で行かないと。

 あたしは扉に、手を掛けた。