こ は る び よ り 探 偵 日 記 ― 第一話 黒板の裏側
第六章「小春日和?」
「こんにちは」
あたしが中に声を掛けると、いつもの指定席――カウンターに座っている直実さんが、笑顔で応じてくれた。
「こんにちは。――学校、落ち着きましたか?」
「はい――……おかげ様で、何とか。多分、四月までには何とかなると思います」
「それなら良かった」
あたしはカウンター近くの、いつもの席に座る。直実さんに、紅茶とチーズケーキを頼んだ。
「純に、聞いたんですけどね」
「? 何ですか?」
直実さんは紅茶をカップに入れながら言った。
「普段から田宮さんが松井先生に虐められていたのは周知の事実です。でも――田宮さんが小杉先生の、歳の離れた妹だと言う事は誰も知りませんでした」
「い……妹!? え、だって名字が」
「小杉先生は既婚ですよ」
「……あ」
そういえばそうだった気がする。
「あまり似ていないようでしたから、気付かなかったんでしょうね。――でもとにかくあの姉妹は、松井先生の仕打ちに耐え切れなくなったようです。それが、動機だったと」
単純と言えば単純な動機かな――。
虐められて、自殺するんじゃなくて――相手を殺した、それだけの事か。
人間って、哀しい。
あたしは紅茶を飲みながら――……言い出そうと思っていたことを、切り出した。
「あの、話逸れるんですけど――……ここで、バイトさせてくれませんか?」
さすがの直実さんも目を見開いて、驚いたような顔をしていたかと思うと――……笑い出した。
「ほ……本気で言ってるんですか? この店に、従業員雇えるほどお金があると思います?」
「う……で、でも!! あたし、直実さんのケーキ、美味しいと思いますし……今お客さん居ないのは多分、宣伝力だけの問題だと思うんです!だから……少しでも、力になれればいいかなって、思ったんです。キッチン待機のハル君も店じゃ小猿で……大変そうだったから。あ、あたしもまだ学校ありますから、土日だけでいいんです! ダメ……ですか?」
「ケーキの事はありがとうございます。でも――貴女はずっとここに居ると、身体に支障を来たしかねません。あまり私には、近付かない方が」
「どうしてですか? 『術』ってそんなに危険なんですか? あたしが……『力』が強いから? 大丈夫ですよ! あたし、ホンットに健康なんですから!! ちょっとぐらい調子悪くても大丈夫です!」
そう答えると――……直実さんは、少し寂しそうな笑顔を見せた。
何か、あったのかも知れない。
あまり、触れない方がいいのかな――。
そんな事を考えていたら、彼はまた、笑い始めた。
笑っているけど――でも顔はやっぱり、寂しそうだった。
「そこまで言うのなら、判りました――……学校はまだあるんでしょうから、土日だけですよね?」
「は……はい、いいんですか!?」
「えぇ、私はまぁ……でも、テストとかあるんじゃないですか?」
「え。あ……大丈夫ですよ! あたしちゃんと普段から勉強してますから! それじゃッ、今度の土曜日からですね?」
「開店は九時です、時給は――八〇〇円も出ませんけど、いいんですか?」
「はい――……お金の問題じゃありませんから!」
あたしが笑顔でそう答えると、直実さんはやっと普通に笑ってくれた。
「それじゃ、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ」
あたしが右手を差し出すと、直実さんはすぐに握り返してくれた。
やっと、落ち着けた気がする。
ホント、不思議な店。
よし、今度から頑張るぞー!!絶対音上げないんだから!
「しげるさん、ウチで働くのか? うるさくなるなッ」
ケラケラ笑う、ハル君の声がする。
「違うって言ってんでしょーが! 今度こそ許さないからねッ、出てきなさい小猿ー!!」
「あはははッ、出てってやるもんかー!!」
それからしばらく、二人――?――の死闘が続けられた。
穏やかな、晩冬の二月末――……小春茶屋。
それは郊外の街にひっそりとたたずむ、
世にも不思議な――……、探偵事務所でした。
Epilogue
――幼い頃から十八年間、慣れ親しんだモノ。
その裏側に何があるのか、貴方はご存知?
もしかしたら、予想もしない落書きがあるかも知れない。
もしかしたら、考えられないほど汚れているかも知れない。
貴方にそれを、見抜けるかしら?
何があっても、貴方は――……それを、信じ続けられる?
そう――……きっと貴方は、可哀相な人。
私なら、そうね――……見ようとは、思わないかもね。
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