こ は る び よ り 探 偵 日 記 ― 第零話 白黒メビウス〜カエリタイ探偵と青薔薇姫〜




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 どうやら娘さん――藍花(あいか)ちゃんは、四人のうちのトップバッターとして聴取を受けたらしかった。彼女の次に呼ばれたのは父親の壮太郎(そうたろう)さんで、今度は純も一緒についていった。入れ替わりで警官が一人やってきて壁際に立った。監視役かその類だろう。
 私が立ち呆けていると、奥さんがわざわざ詰めて空いた席を勧めてくれた。礼を言いつつ私が着席すると、その途端、その場の空気が変わった。
「殺したとしたら親父だよ、探偵さん」
「陸君!」
 扉がしっかり閉まっているのを確認した後、私に向かって最初に口を開いたのは高校生の息子――陸太郎(りくたろう)君。小声でその名を呼んで牽制したのは母親の怜子(れいこ)さん。彼女の声の感じだと、何故そんなことを言うのかというより、誰かに聞かれることを心配している様子だ。
 どういう、ことだろうか。
「壮太郎さんと桐谷さんの間で、何かあったということですか?」
「あったっていうか、最近やばかったんだって。雰囲気が」
 茶髪の少年はあっけらかんとした調子でそう言った。隣の怜子さんの様子を窺うと、気まずそうに目を逸らして俯いている。どうやらそれは本当のことらしい。
「何か気に食わねえみたいでさ、いちいち突っ掛かんだよ。じいやは何も悪くないのに。――でも自分からクビにはしない。会社でもそんなんらしいって聞いた」
 話しながらイライラしてきたらしく、最後に舌打ちで締めくくった。
 なるほど、待遇を徐々に悪くしていって、自己都合での退職を迫るというやつか。私には縁のないことだが、それにしても嫌な話だ。
「今日だって一人で部屋にこもってたし。余裕で殺せるだろ」
 そういえば、タイムテーブルがどうなっているのかさっぱり判らない。
「では、皆さんは一緒にいらっしゃったんですか?」
 尋ねると、何故か誰も答えない。答えにくいことを訊いたとは思えないのだが。
 陸太郎君が黙り込んでしまった為か、怜子さんが少し申し訳なさそうにそわそわしながら話し始めた。
「……いえ、それが全員バラバラで……昼食の後はそれぞれの部屋におりました。そろそろおやつにしようかと思って二時過ぎにリビングに行って、私が発見したんです」
 第一発見者は怜子さん、か。そして誰にもアリバイは、ない。ただ、動機があるとすれば壮太郎さんだと、そういう話のようだ。

 私の正面に座って、ずっと家族の話を聴いていた藍花ちゃんが不意に顔を上げる。そして私の目を見た。
「わたし、証拠を探してきます!」
「――……え?」
 この子はいきなり何を言い出すのだろう――と思ったが、助手として何かしようということか。しかしやはり、事件の関係者に助手にしてくれと頼まれても割と困る。何を頼んでいいのかわからないじゃないか。証拠を探すと言ったって、どこで何を探す気なのだろう。
 そんなことを悶々と考えていた私が頷く前に、藍花ちゃんは立ち上がる。そしてその場に居る全員が呆然としている間にさっさと部屋の出口へと歩いていってしまう。警官がハッとした様子で慌てて制止した。
「逃げたりしません、大丈夫です!」
「そ、そうは言っても」
 どこか既視感を覚える押し問答だ。
 ――仕方ない。
「代わりに私がついていきます。構いませんよね?」
 本当は私だって監視されて然るべき立場だが、一応大人だから子供よりはマシだろう。警官が勢いで頷いてくれたので、これ幸いと外に出る。後から何か言われるかも知れないが、それは出してしまった警官が悪いのだ。
 廊下に出て扉を閉めると、藍花ちゃんは嬉しそうに笑ってぺこりとお辞儀をし、「ありがとうございます!」と言う。……まぁうん、えくぼができてかわいいので悪い気はしない。
 彼女はくるりと振り向くと颯爽と廊下を駆けて、現場のリビングへと入っていく。私も慌てて彼女の背中を追った。

 ――どうやら遺体はもう運び出されているらしいが、作業はまだ続いていた。
 包丁の柄から指紋が出るなどすればわかりやすいが、この家に元々ある包丁だとするとあまり意味がないか――……などと私が考えている間に、藍花ちゃんはまっすぐにある場所へと向かっていった。
 ――大きなソファの裏に置かれていたボストンバッグだ。
「これ、お父さんのなんです。もしかしたら何かあるかも」
 そう言った彼女は、それに気付いた鑑識が止める前に、その鞄のチャックを、開けた。
「ひゃっ!」
 彼女が叫び、彼女を止めようとしていた鑑識が何かに気付いたらしい。
 私は触らずに上から覗き込んで、その理由を知った。

 ――その鞄の中には、血塗れのハンカチらしきものが無造作に突っ込まれていた。

   *

 その後は修羅場である。結局現場に家族全員と警察関係者が集まって、やいのやいの言い合っている。
 ちなみに、包丁から指紋は出なかったようだ。とすると、例のハンカチを使って指紋がつかないようにしたのだろう、という当然の推測が出る。
「いいか、本当に私が犯人なら、ハンカチをそんなところに置きっぱなしにはしない!」
 ――と、壮太郎さんはもっともなことをおっしゃっている。
 どこに隠そうが燃やすなどしてしまわない限り完全に証拠隠滅できたことにはならないが、いくらなんでもあれはない。同感だ。
 どちらかと言えば、警察よりもむしろ、ダイニングテーブルを囲んでいるご家族が修羅場だった。
 恐らくは決して仲良くはないのであろう陸太郎君はほとんどキレているし、怜子さんは二人をなだめようとしているようだが完全にパニック状態になっている。我が小さな助手様は――……お父さんだお父さんがやったんだと泣いている。だめだこれは――。ため息を吐いた。
「よう、『名探偵』。わかりそうか?」
 リビングのソファに寄りかかって彼らを遠目に見守っていた私の隣に、見慣れた顔の刑事がさり気なくやってくる。
「大体な。――ひとつ訊いていいか?」
「何だ」
「壮太郎さんの会社は上手く行ってるのか」
 そういう話を彼がしていればいいのだが――。
 純は「ああ」と声を漏らしてから、ため息を前置きにして答えてくれた。
「どうもそれが上手く行かないんで、最近かなりイライラしてたっぽい。何年か前に先代が病気で亡くなって継いでから急に業績が落ち込んだ、オレが悪いのかいやそんなはずはない、って感じでな」
「……なるほど。陸太郎君が継ぐまで持てばいいな」
「どうだかな」
 怪しいところだ。
 ――しかし、事件の方は決着がつきそうだ。
「で、今ので何かわかったのか?」
「さぁね。生憎だけど、『名探偵』になる気はないよ」
 彼の方を向いてそう宣言すると、彼は眉間に皺を寄せて首を傾げた。――わからないなら、今はそれでいい。
 言い合いを続けている一家の方へ歩み寄る。
「落ち着いてください。――壮太郎さんは犯人ではないと思いますよ」
 私の言葉でその場は一瞬静まり返り、四人の視線が一斉に集中する。……あまり心地よくはない。
「そ……そら見ろ、探偵もそう言ってるじゃないか。全く、恐ろしい家族だ」
「じゃあ誰がじいやを殺したってんだよ! 他に殺すような奴居ねえだろ」
 まだイライラしている様子の陸太郎君が叫んで、足で思い切り床を鳴らした。
 よく見れば、彼は目に涙を浮かべている。子供たちは本当に慕っていたということか。……少し、胸が痛む。
 だが、話は早い。
「ほら。もう答え、出てるじゃないですか」
「え?」
「名探偵様、まさか」
 助手様がどこか怯えた顔をしていたので、多少躊躇った。
 躊躇ったけれど、言わないわけにもいくまい。

「誰も殺してないんですよ。――桐谷さんの自殺です」

 また、静かになった。説明を続けろということだろうか?
 私が仕方なく再び口を開こうとした時、四人ではない誰かが片手を挙げた。――壁際で流れを見守っていた、中年の刑事だ。そういえば名前を聞いていないが、今更訊くのも気が引ける。
「何でしょうか」
「証拠は?」
 当然の質問だった。
 が、簡単に答えられるものではない。向き直って一家の方に尋ねる。
「そもそも、自殺ではないと判断したのは何故ですか? 自分で腹を刺すことは可能だと思いますが」
 切腹は伝統的な――と言うと変な気もするが――自殺の方法では、ある。日本刀でこそないが。
 最初に顔を上げたのは、第一発見者の怜子さんだった。
「桐谷さんは元々お義父様の片腕だった方です。その方が、この家で自殺なんてなさるわけがないと――。それに、子供たちだって居ますのに」
 感情論だ。否定はしない。
 だが、その『お義父様』はもう居ない。
「桐谷さんは先代を慕ってはいても、壮太郎さんに対してはそれほどではなかったのではありませんか?」
「なっ、失礼なことを言う奴だな!」
 壮太郎さんが立ち上がり、見守っていた刑事が反応して身を起こす。
 いくらでも好きに言えばいい。今の私が言う言葉は、私自身のものではない。どこかから出てきた『名探偵』様が、私の身体を使って勝手に言っているだけだ。うん、そう思うことにしよう。その方がまだ、精神的な負担は軽い。
 ――話を続けるとしよう。
「会社の経営も芳しくないと聞きました。先代の作り上げた大切な会社を駄目にしかけている貴方に、桐谷さんは自分の命をもって、何か伝えようとしていたのではありませんか」
「どういう意味だ!」
 そうか、――わからないのか。
 では桐谷さんは一体何のために、わざわざ壮太郎氏に罪を着せるような偽装を行おうとしたというのか。それをこの人は、一体どう解釈しているのか。
 理解できない。
 ――その一瞬、『名探偵』の代わりに私の身体へ乗り移ったのは、桐谷さんの霊か何かだろうか。
「身の程を知れってことですよ」
 何故この状況で私は、二十以上も年上の人間にこんなことを言って嘲笑えるのだろうと、自分でも驚いた。どうするんだ、名誉毀損だとか何とか言われたら話にならない。
 今度こそ本気で怒ったらしい壮太郎さんは、テーブルの上に置いてあったガラスの灰皿を手に取って、――……え、いやそんな待ってください、それはちょっと勘弁――……

 思わず閉じた瞼の暗闇の中で、誰かの声が聞こえたような、気がした。
 ああ、相変わらず私は、――咄嗟の判断が苦手だ。

 恐る恐る目を開けると、案の定私は、周囲の全ての視線を集めてしまっていた。
 私を灰皿で殴ろうとした壮太郎さんは、自分の両掌を眺めながら、不思議そうな顔をしている。
「どういう、こと……?」
 怜子さんが目を丸くしている。
 私は一体何を、――……してしまったの、だろう。
 壮太郎さんが灰皿を持っていないということは、と自然に視線を下に向けたその瞬間、背後から後頭部に鋭い衝撃が走った。
「いっ……」
「やってくれたな」
 その小声での呟きは、恐らく私にしか聞こえなかっただろう。
 改めて床を見る。――ない。何もない。綺麗に掃除されている部屋だから、塵ひとつ落ちていない。……ああ――……そういうこと、か。純の呟きの意味を理解した。
 私は一度しゃがみ込んで、その何もない床から、先程の灰皿を拾い上げてテーブルに戻す。……すぐ見つかってよかった。
「え……?」
 しかし全員が言葉を失っている。――私と純の二人以外。
 私の隣に立つ純は、ひとつ大きく咳払いをすると、ニコニコと笑いながら語り始める。
「実はこいつ、昔から手品が得意なんです。もうこうやってすぐ人をからかうので、いい加減やめろって言ってるんですけどね、ははっ」
「て、……手品……なのか……?」
 壮太郎さんが訝しがるのも不思議はない。残念ながら手品ではない。
 ――私の弱味はこれだ。持って生まれてしまった超能力……いや、魔法と呼んだ方がイメージに近いか。物を動かしたり形を変えたり、外界へのあらゆる干渉が可能。ただし、他人の心に関することとテレポートの類、時間を操作することなどはできない。どちらかと言うと、探偵よりは犯人になるのに役に立つ。……だからこそ純が突っ掛かってくるのだが。
 子供にも遺伝するので随分昔から代々引き継がれてきた能力だが、他人に見せることはご法度とされてきた。力の悪用と、それによる一族の衰退を防ぐため、だ。だから、人の居るところでは使うなと教えられてきたし、普通の人生でいいと思っているのでかなり気を遣っているつもりだが、――無意識の所業だけはどうにもできない。
 とりあえず、ここでは手品ということにしておこう。わざとらしく笑顔を作る。
「驚かせてしまってすみません。――話の途中でしたね」
「……あ、あぁ……取り乱してすまなかった」
 壮太郎さんはまだ納得の行かない様子だったが、とりあえず椅子には座ってくれた。
「で、自殺だって根拠はどこからだ?」
 今度は純が、改めて同じ質問を投げ掛けてくる。
「違和感があったのは三点です。まず、いわゆる争った形跡が全くないこと。正面から刺されていますから、少しくらいソファが動いていてもいいと思います」
「動かないこともあるかもな」
 そうですね。
「……。次に桐谷さんの手です。ただ傷を押さえていただけなら、手の甲までべったり血が付くのは妙に感じます」
「返り血ってことか? 誰かをかばう為にわざと汚したかも」
 お前、私を『名探偵』にする気ないだろ――と叫びそうになって、そこでハッと気付く。
 そもそもこいつが私のところに来たのは私を陥れるためであって、端から私に頼ろうなどという気はさらさらなかったのだ。思い出した。危ないところだった。ツッコみたいことを全部ツッコんでくるのは当然のことだ。
「あと一つ」
「わざわざ腹を刺していたこと」
 ツッコんでくる相手が相手なので、もう丁寧語をつけるのも面倒くさい。やめにした。
「……それって変か?」
「変ではないけど、桐谷さんの身長は多分そんなに高くない。藍花ちゃんは体力的に無理として、あとのお三方だったら胸を刺した方が楽だし、その方が確実に殺せる」
 もみ合っているうちに結果的に偶然腹に刺さっちゃいました、と言うなら話は別だが。
「じゃ、それは自殺だとしても変じゃないのか」
 すぐに死ねないから、ということか?
 どうやら純は、思ったことを深く考えずすぐに口に出しているらしい。
「ハンカチを鞄に入れるためにだよ」
 一瞬で力尽きてはいけなかった。純はポンと手を叩いて納得してくれた。――セーフだ。
 と、そこで、静かに聴いていた藍花ちゃんがスッと右手を挙げた。
「名探偵様、質問です!」
「――何でしょうか」
「絶対に死ねて、でもハンカチをお父さんの鞄に入れるだけの体力は残るようにって、自分で調整できるものですか?」
 この娘、わざとやっているのか、天然なのか。
 まぁどっちにしろ、こちらの回答に変化はない。
「さぁ、試したことはありませんので。今回の場合は『たまたま上手く行った』んでしょうね」
 そう、たまたま。偶然が重なって。――彼女にその言葉の意味は伝わっただろうか。
 人間、何度も死ねるものではない。チャンスは一度だけだ。上手く行くか上手く行かないか、ただそれだけのこと。桐谷さんは、とても運がよかった。その事実に間違いはない。
「……なるほどー」
 本当にわかったのか怪しいが、とりあえずはそこで話が完結した。
 再び純が声を上げた。
「――証拠と言える証拠はないのか?」
 ない。あったら最初から言っている。
 とは言えここで素直に「ない」などと言ったらその時点でジ・エンドだな――……ここはひとつ、助手様にご協力を願うとするか。せっかく助手に採用したのだから。
「藍花ちゃん」
「はいっ!」
「さっきのハンカチ、誰のものかわかりますか?」
 かなり血を吸っていたから、何か模様があってもわからないかも知れない。遠目では赤いハンカチにしか見えなかった。しかし身内の彼女ならあるいは、何かわかるかも、知れない。
 藍花ちゃんは少しうつむきながら、口元に手を当てて何かを頑張って思い出してくれている。頑張れ。君の記憶力に私の人生が懸かっている。……言いすぎか?
「え……っと、確か、端っこにちょうちょの刺繍がしてあって」
「あ。それ、じいやンだ」
 反応したのは陸太郎君だった。藍花ちゃんの表情が明るくなる。私の顔も明るくなっていたことだろうと思う。
「ホント?」
「祖母さんからのプレゼントなんだって、いつも持ち歩いてた。藍も知ってるだろ」
「あ、そっか!」
 ……なるほど、とても大切なもの、か。するとやはり、桐谷さんの意図は――。
 ああ、今はその話ではない。
「二人とも、ありがとうございます。――桐谷さんが常に持ち歩いていた大切なものなら、それを他の人が使えるとは思えませんね」
「……確かにな。ん? でも、ハンカチをあの鞄に入れたってことは、壮太郎さんに罪を着せようとしてたんだろ? だったら自分のハンカチなんか使ったら駄目だろ」
 純は引き続きツッコみ続けているつもりなのだろうが、今度はその的確な指摘が私に対する追い風となる。昔からこういう、妙なところで息が合ってしまう。腹は立つが役にも立つ。
「本気で罪を着せる気はなかった、と言ったら?」
 私の――『名探偵』を演じる私の言葉に、一同が沈黙してしまう。
 反応がないので、説明を続けることにする。
「本当に壮太郎さんを犯人にしたかったら、もっと凝った仕掛けはいくらでも考えられたと思います。ハンカチだって、適当に壮太郎さんのものを一枚盗んでくればいいことですから。――でもそうしなかったのは、きっと桐谷さんの良心です。壮太郎さんが殺人犯だという話になれば、つらい思いをするのは壮太郎さんだけではないでしょうから」
 そうはならないように、捜査が進めばちゃんと自殺だと判断されるであろう状況を作ったのだろう。
 ――ただし、壮太郎さんを疑わせようとした痕跡は残して、だ。

 さて、そろそろ終わりにしよう。終わりにして帰ろう。
「壮太郎さん」
 呼び掛けるが、ずっと下を向いていて応答がない。早く帰りたいので、そのまま続ける。
「たとえ貴方が直接殺してはいなくても。貴方がこれまでやってきたことが、人一人を死に至らしめたことは事実だと思います。――桐谷さんの思いを、むげにしないでくださいね」
 よし、決まった。これにて一件落着。
 自殺が確定となれば警察の仕事もひとまずは終わりだろう。彼らも撤収モードに入っている。私もこれでようやく家に帰れる――と、ほっと一息ついてきびすを返した時だった。
 誰かに右手首をつかまれている。純は目の前に居るので、違う。
 では、と振り返ってギョッとする。
 ――藍花ちゃんだ。
 ニコニコと不自然なまでの笑顔をこちらに向けて、私の右手を両手でつかんで離そうとしない。かわいいけれど、かわいいけれども、何か怖い。私が小学生女子と付き合い慣れていないということもあるのだろう、が!
「名探偵様」
「……えっと、まだ何か」
「少し二人でお話したいの。駄目ですか?」
 駄目じゃない。いや、うん、駄目じゃないけど。
 純の顔色を窺うと、ニヤニヤと気持ち悪い笑みを浮かべていた。
 ムッとしたので藍花ちゃんの方に向き直り、どこか話すのに適当な場所はないか尋ねる。彼女は嬉しそうに一度飛び跳ねて、「わたしの部屋へ来てください!」と言った。……知らないお兄さんを部屋に入れるのに抵抗はないのかこの娘は。名探偵様なら誰でもいいのか。
 しかし断るのも悪いので、彼女に従うことにした。
 背後から誰かさんがこっそりついて来ないかと思っていたが、誰の気配も感じなかった。